ハイキックの少女(仮)②
【小説】
翌朝、僕は対策本部の応接室にいた。10時20分。昨夜「10時に来て」と言っておきながら、榊さんは姿を現さない。
だいたい彼女は傲慢すぎる。約束の時間は守らない。「機密事項」を盾に最低限の情報しか与えない。それに、偉そうに命令する。いったいキャリア官僚の何が偉いというのだ。僕らの血税で生活していることをもっと自覚するべきだと強く思う。
それにあの美貌がかえってこたえる。スラリと伸びた脚やキュッと締まった腰、形の良さそうな中型の胸を強調させた服を着て、妙な色気を醸す三白眼で睨むようにひとを見る。完璧なものが不完全なものを見下す目付きだ。
一応断っておくが僕のほうが2つ歳上だ。目上の者に対する礼儀なんて初対面のときから持ち合わせていない。だいたい初めて会ったときのセリフが――
「座りなさい」
榊さんは応接室に入るなり、窓辺に立って皇居の濠を眺めていた僕の背中に、今日最初の命令を下した。
僕はムッとした表情をわざと作ってソファーに腰掛けた。
「さて、昨夜の子は北川ミナ、17歳。高校2年生であなたと同じ臨時雇用職員」
榊さんは向かいのソファーに浅く掛けて、黒のタイトスカートから伸びた60デニールくらいの黒いストッキングを強調するかのように脚を組んだ。
「なぜ、高校生が政府の指示で闘っているのか、その“事情が知りたい”のよね、あなたは」
「そうです」
「それは倫理的にどうか、と言いたいわけだ」
「まあ、そういうことです」
ぶらぶらさせた脚の先から15センチのヒールが僕を狙っている。そんな空気だ。
「わかった。答えるわ。まず、彼女に両親はいない。そして、親権は政府にあるの。だから彼女の親は政府。それから闘うことは本人の意思で無理強いは一切ない。これで満足?」
榊さんは長い脚を組みかえて煙草に火をつけた。煙が流れて僕の顔にかかる。本当に失礼な人だ。
「それは“事情”ではなく“情況”です。なぜそうなったのか、その“事情”を知りたい」
「これだから編集者は」彼女は立て続けに二回舌打ちをして、横を向いた。
「残念ながらそれに答える義務はない。それは彼女自身のことだから知りたければ本人から聞くがいい」
まただ。核心に触れることは何ひとつ教えない。
「では本題に入る。これからあなたとあの子は、敵が二体以上の際には原則一緒に闘うことになるから」
えっ、「どういうことですか?」
「言葉通りの意味よ」
榊さんの目付きが険しくなる。彼女は質問をされることが最も嫌いなのだ。
「これまで誰かと一緒に闘うことなんかなかったのに」
「これまではね」
榊さんは煙草を灰皿に押しつけて火を消し、ポケットから口臭予防のタブレットを三粒取り出して口のなかにほうり込んだ。
「奴らも進化しているのよ。だからそれに対抗するための手段なの。以上よ」
「それだけじゃわからないですよ。もう少し詳しく――」
「話は以上。ああ、あの子に会っていく?そろそろ眼が覚める頃だから」
ドアまで歩きながら榊さんが振り返って言う。
「会います」
僕は灰皿のなかでまだ燻っている煙草を揉み消して、彼女の後に続いた。
対策本部のなかに置かれた研究所の一室で、彼女はベッドに横たわっていた。身体中をガーゼや包帯で覆われている。僕のときと同じだ。彼女は覚醒後の闘いの記憶がないはずだ。
榊さんは僕を見て、「北川ミナ」と彼女を紹介した。北川ミナは、眼帯をかけていない左目だけで僕を睨むように見た。
榊さんが僕を彼女に紹介しないので、自己紹介をしようと口を開きかけると――
「ライダー1号のおじさん」
唐突に彼女が言った。メゾソプラノくらいの張りと艶のあるいい声をしている。えっ!
「ライダー1号? 仮面ライダーのこと? いやっ、おじさん??」
僕は北川ミナと榊さんの顔を交互に二度見た。
「そう、仮面ライダー1号」
榊さんが明らかに面倒くさそうな表情で説明してくれた。
「彼女は仮面ライダーが好きでね、半世紀も前の初代からすべてを観ている。そして、あなたを1号、自分を2号だと思っている。だけど覚醒自体は北川のほうがあなたよりも早かった…」
北川ミナは以前に二度ほど覚醒していて、昨日の新宿駅の闘いが三度目の覚醒になるという。政府が彼女を保護したのが二度目の覚醒直後で、その後、彼女は初めて自分が何者なのかを知った。その際に参考映像として見せたのが、僕の後楽園での決闘シーンだった。それを見た彼女が僕を「ライダー1号」だと言い始めたという。
「だって、このおじさんもあたしも、奴らと人間とのあいのこなんでしょ。そしておじさんは奴らと闘っているヒーローだよね。だったら悪の怪人になるためにショッカーに改造された仮面ライダーとおんなじじゃない」
確かに彼女の言う通りだ。僕はどちらかと言えば〈デビルマン〉のつもりでいたけど、バイクには乗っていないが〈仮面ライダー〉だって一緒だ。人と何者かのあいのこで、そしてヒーローであることに変わりはない。ただ、ひとつだけ否定したい。僕はおじさんではない。
「ねえ、1号のおじさん、昨日、新宿駅であたしの闘いぶりを見てどう思った?」
僕は北川ミナの闘いぶりを語る前に、まず大事な話から入った。
「ねえ、北川さん、きみは17歳で僕に比べて確かにかなり若い。でも、まだ31歳で独身の僕はおじさんのつもりはないんだ。例えば、ここにいる榊さんは僕よりわずかに二つ下だけど、彼女はおばさんだろうか」
榊さんが首を左に傾けて、眉間に筋を立てて僕を睨んでいる。
北川ミナは“何言ってるのこの人”という顔をして、「怜子さんがおばさんのわけないじゃん」と榊さんを見た。
榊怜子が、咳払いをひとつした。
僕は“おじさん”の呼称の否定をひとまず置いて、北川ミナの闘いぶりについて語った。
「見事だったよ。あのハイキックのスピードと跳躍の高さ、一撃の後の次の攻撃に備える無駄のない動き。相当、鍛えているよね」
「空手の師範のおじさんに勝ったことはあるよ」
「だけど、蹴りだけだと大勢を相手にするとき厳しいね。何か武器も使えるといいのにね」
北川ミナは、榊さんを見て首をすくめた。
「使いたくないって言うのよ、この子。一応、本部で仕込みの特殊ヨーヨーを渡して使いこなせるようになったんだけど」
「だって怜子さん、カッコ悪すぎるよ、あれ。それに1対1の闘いにはいいんだけど、たくさんの敵には向かないんだよね。それに比べて1号のおじさんの仕込みのヌンチャクはカッコいいし、実用的だと思う。あれで弾丸も弾いちゃうんでしょ?」
僕はまだ呼称にこだわっていたが、ぐっと飲み込んだ。
「そうだね。子供の頃から練習してきたからね。でも弾丸を弾くのは体躯の動きの速さより、まず動体視力を鍛えなきゃならないんだ。そのためには新幹線が最高時速を記録する静岡県の掛川あたりで窓側の客数を数えるんだーー」
ウウン、榊さんが咳払いをして僕を睨んだ。どうしてこの人はこんなに気が短いのか。
「へえー、そんな練習をしてるんだ。あたしにもできるかな」北川ミナが興味深そうに目を見開いて言う。
「うん、だけど今度また説明するよ」
僕は北川ミナが話に興味を持ってくれたことをうれしく思ったが、同時に嫌な感じが胃に残った。
強くなることにアグレッシブ過ぎる気がしたんだ。
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※全7回、週一回更新予定です。
※本作は、マガジン『闇との闘い!』に掲載した以下の作品の続編です。
『真昼の決闘』
『3分間の決闘』
『決闘!ヒーローショー』(全3回連載)
tamito
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