贖罪 闇

【小説】

 

 地下鉄に乗っていると、世界は終焉を迎えてしまったんだと思うときがある。
 地上は有毒物質に侵され、または有害な紫外線が街を焼き、いずれにせよ生物が住める状態にない。生き残ったものたちは地下へと逃れ、巨大な空気清浄機が一日中ガラガラとまわり続ける地下鉄のホームや列車のなかに寝起きし、あまり言葉にしたくない生き物たちを熱湯で殺菌しては調理して生きる糧としている。
 僕は探してる、この薄闇のなかを。もし、彼女が生きているならばどこかの駅で会えるのではないかと。丸の内線の軌道を赤坂見附へ、銀座線にルートを変え新橋駅を覗きこみ、広い構内の銀座周辺をさまよう。そして日比谷線の駅をしらみつぶしにして恵比寿を目指す。もし、彼女も僕を探していてくれたならば、いつか必ず会えるだろう。ただ、彼女が僕を求めていないとしたら、僕らはこの世界においても二度と会うことはないだろう。

「長い黒髪でこんな感じの女の子なんだ」
 聞いてまわるにも僕は彼女の写真すらもっていないし、だいいち僕が記憶する彼女の顔が正確なものかどうかさえあやしい。
 唯一の手掛かりは色だ。だから僕は彼女特有の「青」を探し続ける。でも薄暗いこの地下世界で色を判別するのは至難の業で、それでも僕は目を凝らして近い配色の人を見つけてはそっと近づいて顔を見る。

「こんなところにいるはずがないよ」
 もうひとりの僕が言う。
「そんなことわからないじゃないか」
「それに、地下世界なんて存在していないんだ。地上にはいまでも人がひしめいている」

 日比谷線が恵比寿駅に到着する。僕は地下鉄を降りて階段を上がる。地上の光が射し込んできて、人々が色彩を取り戻す。雨は止んだのだろうか。
 地上に出ると空は薄曇りで、細い糸のような雨が降っている。

「現実の世界を見たらどうだい?」
「現実ってなんだよ」
「空が青いってことさ」

 空が青い…。ほんとうにいまでも空は青いのだろうか。


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