映画『幸福な食卓』という日常

【語りたい映画②】

 

 エンディング、Mr.Childrenの『くるみ』の前奏が静かに流れ出す。

 河原の土手を歩く足が映る。主人公はうつむき気味に前へ前へと歩く。制服を着た高校1年の女の子だ。甲府盆地を囲む山々が遠くに見える。空は晴れている。日が暮れるまでにはまだ少し時間がある。主人公は歩きながら一度、二度と無表情で後ろを振り返る。『くるみ』の一番が終わる。

 家の窓越し、庭からカメラがリビングテーブルをとらえる。主人公の母が皿を並べている。カメラが寄りテーブルに置かれた4枚の皿を浮き彫りにする。
 主人公はまだ土手のうえを歩き続けている。心持ち顎が持ちあがっている。歩く足が映る。前へ前へと運ぶ歩に力がこもる。そして再び、ゆっくりと後ろを振り返る。一度。二度。表情に少しだけ光が差す。三度目に振り返ったあと、前を向く主人公の瞳が輝いている。
 歩く速さが増す。『くるみ』が終盤に差しかかる。主人公は前へ前へと、道のうえを歩いている。
〈進もう 君のいない道の上へ〉

 最初に観てから10年近く時間を置いて観直した。映画の骨格くらいしか覚えていなかったので、あまり評価をしていなかったのだと思う。けれど、このラストシーンだけは脳裏に焼きついていて、いつかまた観ようと思っていた。

 父が病んで仕事を辞めても、母が家を出ても、頭の良い兄が大学に行くのをやめて農業を始めても、そして、最も大きな喪失が突然やってきても、日常は進んでゆく。その主題がこのラストシーンに凝縮されている。

 北乃きいの映画初主演作品。桜井和寿はこの映画のために『くるみ』のロングバージョンを作った。2007年の映画だ。

 

tamito

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#コラム #映画 #幸福な食卓

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