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熊本知事選について

2024年3月24日、熊本知事選が行われる。候補者は計四人。宮川一彦候補(58、無所属)、幸山政史候補(58、無所属、自主支援:国民民主・立憲民主・社会民主・共産)、毛利秀徳候補(46、無所属)、木村敬候補(49、無所属、推薦:自民・公明・熊本県農業者政治連盟)である(順序は届け出順)。本記事では、各候補の公約を客観的に分析した上で、今回の選挙の見通しを述べていこうと思う。
※推薦:両者の合意のもと、党が候補者を応援すること
 ⇔自主支援:党が自主的に候補者を応援すること(つまり党と候補者は合意したわけではない)

 細かいことを見るのが面倒である場合は、最後にざっくりとしたまとめをしているので、そちらだけを見ていただいても良い。
 また、説明に当たって表現を簡略化している部分があることをご了承願いたい。

※このサイトは特定の政党および候補者を支持するものではありません。
※「評価」はあくまで筆者の個人的意見によるものです。




宮川 一彦(みやがわ かずひこ)候補 

58歳 無所属


 まず宮川氏について。高校教員とNTTシステム技術社員の経験をもつ。理科教員だったそう。これまでに神奈川県、福岡県内において市長選・市議選などに9回の立候補経験がある。自ら自転車で選挙ポスターを張って回り、認知度向上を目指すという、一風変わった選挙スタイルで挑む。では、以下公約を簡潔な説明と共に挙げていく。


公約

・人口減少対策
 人口流出への対策として、私立大・国立大の県南部への誘致を公約に掲げる。また、首都機能の一部を熊本に移転させることも公約に掲げる。

・少子高齢化対策
 具体的な方策についてはあまり見つけられなかった。

・TSMC周辺道路の渋滞対策
 道路の車線を増やすことにより、交通アクセスの改善を積極的に行うとしている。
TSMC:台湾積体電路製造。世界でもトップクラスの規模を誇る台湾の半導体企業。現在熊本に工場が完成しているが、それに伴う渋滞や環境汚染が懸念されている。本選挙の最大の論点の一つである。

・熊本空港に向かうアクセスの建築計画(空港アクセス鉄道)の推進
 本選挙における争点の一つだが、宮川氏はこれに賛成するとしている。

 

 以上が宮川氏の公約である。公約サイトは調べた限りでは見つからなかった。


評価

 公約云々以前にまず愚痴を言わせてほしい。候補者の方々、是非とも公式サイトを作ってくれ……。宮川氏の公式サイトがなかったために、情報収集のためかなりの数のサイトを見て回る羽目になった。筆者自身の苦労は置いておいて、有権者(特に若者)に公約をアピールする上でも公式サイトは有用であるはずである。ぜひとも作ってほしい(願望)。
 さて、話を公約に移そうと思う。宮川氏の公約で特徴的なのは、人口流出対策に大学誘致という具体的プランを掲げているところである。熊本県(だけでなく地方はどこでもそうなのだが)は慢性的な人口流出問題を掲げており、それへの対策が必須であると考えられる。その点、宮川氏は具体的公約を掲げている点で一定評価できる。
 しかし、その他の公約については情報が足りなさすぎる。筆者は前述の通り宮川氏について複数のニュースサイトなどで検索したが、公約の情報量があまりにも少なすぎるように感じた(だからこそやはり公式サイトを(略))。有権者にとって情報がなによりも大切であるということは、9回の選挙経験がある宮川氏は十分承知のはずだ。それならば、有権者に明確に伝わるような形で公約を掲げるべきではないか。
 なんであれ、情報が少ないがゆえに判断がしづらい候補である。現状では票が集まるかは不透明である。



幸山 政史(こうやま せいし)候補 

58歳 無所属
自主支援:国民民主・立憲民主・社会民主・共産


 次に幸山氏についてである。幸山氏は前熊本市長を務めていた人物である。今回は野党からの自主支援を受けてはいるものの、幸山氏自身は「オール県民党」を標榜し、どこの党にも属さないということを明確に打ち出している。お孫さんがなによりの癒しなのだそう。
 では、以下公約を挙げていく。


公約

・被災地の復興、防災
 熊本地震や豪雨によって被害を受けた地域の復興を何よりも優先するとしている。また、前蒲島県知事によって掲げられた「緑の流域治水」計画を継承するとしている。ただし、川辺川の流水型ダムについては検証・協議を重ねるとしている。
※「緑の流域治水」:地形上氾濫の被害が増大しやすい球磨川流域における一連の治水政策のこと。具体的には、
 流水型ダム/耐水化/森林整備/河道掘削/土砂の撤去/雨水貯留/田んぼダム/遊水池  など
である。詳しくは下記の熊本県公式サイトを参照されたい。


・人口流出対策
 地場産業の育成・振興を図ると共に、リカレント教育や企業者支援などを行うとしている。
リカレント教育:義務教育後、社会に出た後に再び教育機関に戻ることができるような教育システム

・渋滞対策
 ボトルネックとなっている交差点の改良、信号の見直し、空港リムジンバスの導入、さらに公共交通機関の利用促進を行うとしている。また、交通業界の人手不足や経営難に対処するため、県が主導してネットワークの形成を図ることを公約に掲げている。ただし、空港アクセス鉄道の整備については検討を重ねるとしている。

・環境
 TSMC工場の稼働に伴う環境問題への対処のため、県が指導・監視を行うとしている。また、水使用量の削減や再利用を目指すとしている。さらには、問題となっている窒素化合物や有機化合物(農薬や家畜の排泄物から発生するもの)、フッ素化合物への対処も行うとしている。

・若者のくらしサポート
 所得の引き上げや、医療費・給食の無償化、英語教育の充実などを掲げている。

・「インクルーシブ社会」の構築
 女性・外国人居住者などとの意見交換や交流を図るとしている。
※インクルーシブ社会:国籍・人種・言語・性差・経済状況・宗教・障害の有無にかかわらず生きていける社会のこと。

・歴史文化、スポーツ・芸術に親しむ
 郷土史教育の充実やスポーツの振興を行うとしている。

・対話型の県政
 情報開示を積極的に行うとし、また知事との意見交換の場を設けるとしている。


以上が幸山氏の公約である。詳しくは下記の幸山氏の公約を参照されたい。
 


評価

 では、公約について見ていこう。今回、幸山氏は野党からの自主支援を受けているわけだが、公約を見るにそこまで明確に木村氏(自公など推薦)と対立しているわけではないように思える。例えば、前蒲島県政で発案された「緑の流域治水」については両者ともに賛成している。それは幸山氏が前熊本市長であったことも大きく関わっているのかもしれない。
 ただ、当然だが両者の公約には差異もみられる。例えば、幸山氏は渋滞対策については具体的な政策を多く打ち出している。これは熊本県民については嬉しいことであろう。また、リカレント教育の導入もなかなかに目新しい公約である。より斬新な政策が実行されれば、それが結果的に県の魅力向上にもつながりうる。
 さらには、個人的に驚いたのが、幸山氏が情報開示に積極的であるということである。もちろん公約で掲げているだけで実行しないというのは大いに考えうる話だが、それでも公約に情報開示を掲げるのはかなり稀である(普通、政治家や官僚は情報開示を嫌がるものである)。こういった積極性は評価に値する。
 しかし、本選挙で争点となっている川辺川の流水型ダムや、空港アクセス鉄道整備についてはいずれも検討に留まっている。これは大いに問題である。仮に幸山氏が県知事になった場合は、「検討」をずっと続けることはできない。やるかやらないかの選択が求められるのだ。ここを曖昧にぼかしてしまったのは愚策であろう。
 多くの層を取り込みたい気持ちは分かるが、そもそも選挙とは特定の層にコミットして取り込もうとする活動である。その点、曖昧な公約ではどの層も引き付けられず、結果的に中途半端で終わってしまう。ここは是非とも明確にしておきたかった点である。
 なんにせよ、本選挙において幸山氏は実質的に木村氏との一騎打ちを戦う必要がある。この争いを制するのはどちらか、注目どころである。


毛利 秀徳(もうり ひでのり)候補 

46歳 無所属

 次は毛利氏について。現在は建築会社の代表取締役を務めているのだそう。「日本列島100万人プロジェクト」の代表を務める。また、「天命党」の関係者(どういう立場なのかは不明)である。
 では、公約を見ていく。


公約

・反ワクチン
 ワクチンによる健康被害を訴えている。ちなみに、前述した「日本列島100万人プロジェクト」も反ワクチン活動である。

・環境問題
 TSMC誘致に伴う環境問題を提起している。また、流水型ダム建設に反対している。

・少子化対策 
 具体的な方策は見つからなかった。

・空港アクセス鉄道反対
 採算がとれないため、としている。

・若者の定住促進
 高齢者より若者にコミットした政策を行うとしている。


 以上が毛利氏の公約である。公約サイトは調べた限りでは見つからなかった。


評価

 毛利氏がとにかく主張しているのは「反ワクチン」である。ワクチンの健康被害に対して強い疑問を感じ、活動しているとのことである。
 では、公約の評価に移るが、これはなかなか難しいところである。まず、アンチ自民というのは明確に感じられた。そういう意味で票を一定集める可能性は否定できない。
 ただ、それよりももっと強烈なのが、毛利氏の思想の強さである。前項の公約で触れるか迷ったが、毛利氏が属する「天命党」は、日本が洗脳社会であるとし、それを直さなければならない、としている。どうみても陰謀論である。
 コロナ禍の社会不安により一時的に極右ポピュリズム政党が増えたが(参政党、日本保守党など)、毛利氏もその一部であると考えられる。したがって、幅広い層からの支持は正直に言って期待しにくい。県知事当選は極めて困難であろう。



木村 敬(きむら たかし)候補 

49歳 無所属   推薦:自民・公明・熊本県農業者政治連盟

 最後は木村氏である。元総務省職員で、前副知事を務めていた人物である。自他ともに認める蒲島氏の継承者である。左手首から先がない障害を抱えている。「熊本県、熊本県民のプロデューサーでありたい」のだそう。
 では、公約を詳しく見ていく。


公約

・復旧、復興、自然保護
 地震や豪雨からの復興を図るとしている。また、水資源の保護や「緑の流域治水」(前述)の推進も掲げている。

・渋滞解消
 問題となっている渋滞解消のため、「新・熊本道路公社(仮称)」を創設するとしている。

・少子化対策
 若者世代によりそうため、対話を通じて政策を行っていくとしている。

・健康長寿 
 医療改革を行うとともに、食生活の改善や生きがいづくりにも取り組むとしている。

・教育
 インクルーシブな多文化共生社会を目指すとしている。

・「食のみやこ熊本県」
 熊本の食文化を生かすため、ブランド化や新製品開発、さらには外国人就労者受け入れ拡大を行うとしている。

・TSMC効果
 TSMC工場建設に伴い、移住・定住・起業家支援を行うとともに、地域ごとの個性ある経済振興を行うための「地域未来創造会議」を行うとしている。

・JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)プロジェクト
 半導体業界の支援や国際交流を深めるとしている。
※JASMプロジェクト:TSMCの子会社的な役割のものであり、半導体企業の連携を図るためのもの

・スポーツ、観光、文化芸術の振興
 熊本県の魅力向上に取り組むとしている。

・SDGs
 SDGsの理念に基づく新たな総合計画「くまもと新時代共創戦略(仮称)」を策定・実行するとしている。


 以上が木村氏の公約である。詳しくは以下の公式サイトを参照されたい。



評価

 まず、個人的に驚いたのが、木村氏の公約の多さである。上記の公約だけみればそこまで多くないように思えるが、公式サイトを見ると、各公約についての詳細が書かれており、さらには各地域ごとの公約まで書かれている。公約が多いということは、それだけ県民にフォーカスした公約を掲げられているということであるから、それだけで価値のあることである。気になる方は是非とも公式サイトを見てみてほしい。
 では、公約の評価に移る。基本的に、木村氏の公約は蒲島県政を継承したものである。したがって、蒲島県政を評価する人は木村氏に、評価しない人はその他の候補者に流れるということになるだろう。
 公約の中で目新しい点は、「新・熊本道路公社(仮称)」や「地域未来創造会議」、など、新たなコンセプトを導入している点である。もちろん見掛け倒しで実態は何も変わらず……となる可能性もあるが、より斬新なことをしようとしている点は評価すべきだろう。
 ただ、一つ懸念すべき点があるとすれば、実現可能性があるのかどうか、という点である。木村氏は多くの公約を掲げているが、それを全て達成するというのは非常に困難なことである。しかも、木村氏は公約の範囲(例えば教育、福祉、復興など)が広いことから、あらゆることに手を出して全てにおいて中途半端となってしまう可能性がある。
 また、具体性に欠けた公約が一部存在するのも気になるところである。特に人口流出対策が少し弱いように感じる。
 とはいえ、木村氏が本選挙において有力候補であることは間違いないだろう。幸山氏との激戦が予想される。



まとめ

 本選挙は長きにわたって県知事を務めた蒲島郁夫氏の引退により、新人4人による選挙となった。蒲島氏はくまモンの生みの親として名高く、2023年に自民党県連が行った世論調査によると、蒲島氏の支持率は76.7%と極めて高く、多くの熊本県民の支持を集めていたことが分かる。
 その蒲島氏の引退に伴う選挙は、実質的には木村氏と幸山氏の一騎打ちとなった。現状ではどちらが有利とは一概に言えず、世論調査も調べた限りではまだ行われていないよう。今後も動向から目が離せない展開が続く。
 ここで、本選挙の主な争点を振り返ってみる。


主な争点

・蒲島県政の評価
 蒲島県政をどう評価するかである。くまモンなどによる魅力向上に加え、地震・豪雨への対応を評価する声がある一方、ダムや渋滞などの問題を多く残しているとの声もある。評価するなら木村氏へ、評価しないならその他の候補者へ流れるのが普通であるように思われる。

・TSMC誘致に伴う環境問題
 半導体企業TSMCの工場設置に伴う環境問題の懸念である。
宮川氏:―
幸山氏:TSMCの指導・監視
毛利氏:問題提起
木村氏:―

・渋滞対策
 問題となっている交通渋滞への対策。この点においては幸山氏が最も詳しい政策を挙げている。
宮川氏:道路の車線を増やし、交通アクセスを改善
幸山氏:交差点改良、信号の見直し、空港リムジンバスの導入、公共交通機関の利用促進、交通業界のネットワークづくりなど
毛利氏:バス優先道路の確保、立体交差点建設など
木村氏:「新・熊本道路公社(仮称)」の創設など

・人口流出対策
 熊本県において慢性的な課題となっている人口流出への対策である。宮川氏・幸山氏が独特な政策を掲げている。逆に、木村氏の政策は弱いように感じる。
宮川氏:大学の誘致、県南部への移転 →学園都市の形成
幸山氏:リカレント教育や企業者支援、所得の引き上げや医療費・給食の無償化など
毛利氏:若者の定住促進
木村氏:対話を通じての少子化対策

・空港アクセス鉄道の建築計画の是非
 明確に是非がわかれるところである。採算がとれるか否かが争点である。
宮川氏:賛成
幸山氏:検討
毛利氏:反対
木村氏:賛成

・川辺川の流水型ダムの是非
 国主導の流水型ダムを建設するか否かである。ダム建設に伴う自然破壊が懸念されている。
宮川氏:検討
幸山氏:検討
毛利氏:反対
木村氏:賛成

 以上が各候補の主な公約の比較である。


総評

 前述の通り、本選挙は実質的に幸山氏と木村氏の一騎打ちとなるわけだが、ここでも問題となるのが自民党の裏金問題である。立て続けに報道されている裏金問題は、自公の推薦を受けている木村氏にとって間違いなく向かい風になる。幸山氏はそこを上手く攻める必要があるだろう。
 また、木村氏が県外出身ということもネックとなる。これは地方特有の話だが、県外出身の人物は県出身の人物よりも当選しにくくなる。これもまた木村氏にとって向かい風となるだろう。
 一方、幸山氏についてだが、「オール県民党」を標榜しており、各政党とは一定距離を置いている。これはおそらく、単純な与野党の戦いには持ち込みたくないという思惑があるのだろう。これはあくまで推測だが、与党からの推薦の打診を幸山氏はあえて断ったのではないか。これによって高い支持率を誇る蒲島ー木村ラインの牙城を崩すことができるのかは、神のみぞ知るところである。
 さて、本選挙の主な争点の一つにTSMC関連のことが挙げられる(今更だが、一企業のことが県の選挙を揺るがすほどの影響力を持つというのは驚くべきことである)。他の地方の例に漏れず人口流出・魅力減の問題を抱えている熊本県にとって、これは非常に大きな問題である。今後も熊本県の魅力を向上させていくためには、こうした大企業の誘致は効果的な手段となる。これが熊本県にとって良い影響をもたらすことに期待したいところである。


終わりに

 いかがだっただろうか。熊本県民の方々は3月24日に是非投票所に足を運んでいただきたい。期日前投票はすでに始まっているので、そちらに行っていただいても構わない。投票するのには5分もかからない。是非お近くの投票所に出向いていただきたいと思う。
 自分の意思を示すということは、皆さんが思っている以上に大切なことである。それが正しいかどうかは分からなくても、今の自分にとって正解であればそれで構わない。本記事の「まとめ」も活用して、投票をしていただきたい(白票で出すというのも一つの意思表示である)。
 本記事が皆さんの候補者選びの一助となっているのであれば幸いである。

                             taminetter

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