見出し画像

第六走目:時限爆弾の赤い線を見つめて走る

2023/08/22
7.0km 20分。

どこの誰かは知らないが、アルピニストは何故山を登るのかと問われてこう答えたそうである。
「そこに山があるから」
何とかっこ良い発言であろうか。穴があったら入りたいの反意語として辞書に登録すべきだ。

そして私が何故走るのかと問われたらどう答えるか。
「チョコとコンソメ味のポテチが好きだから」
何とかっこ悪い発言であろうか。しかし非難は受け付けない。反論できないからだ。私は負けることが走ることと同じくらい嫌いである。

左膝右足ともに痛みがないのでテーピングなし。今日も今日とて「ワークアウト開始」と書かれた時限爆弾のボタンを押す。
ランニングマシンのベルトが回ると走るしかない。そもそも、ベルトが回るせいで前に進んでいないのにこの行為を「走る」と呼んでいいのか。
昔、ハムスターを飼っていた友人がくるくる回る装置の中でもがいているのを「ああ、また回っとる。こいつ昼夜関係なくぐるぐるしとるんよ。」と言っていた気がする。私は走っているのではなく回っているのではないか。となればランナーズハイが来ることはないのではないか。一生ひまわりの種を齧って生きていくのか。

時限爆弾は残り18分とある。ドラマなら赤か青の銅線を切れば良いが、現実はもっと簡単である。緊急停止ボタンにつながる赤い紐を引っ張ればいい。昨日、蜘蛛に驚き本来引くべきだったあの紐だ。だが、それを安易に行えないように目の前に鏡がある。鏡の中にはいつも走りながら私を監視する女がいる。
私は知っている。船越よりも片平なぎさよりも田村正和よりも名推理ができる。私にコンソメパンチを勧め、時限爆弾を稼働させた犯人はコイツだ。お巡りさん、こっちです。

毎度ながら何とくだらないことを考えているのだろうか。血液が沸騰しているんじゃないかと言うくらい暑い。体中をぶくぶくと沸き立つ赤い血が巡るのを想像する。赤いと言えば私の前に赤い紐がぶら下がっている。この紐を引っ張るとランニングマシンは緊急停止する。あれ?これさっきも思った気がする。まあいいや。

フォームに慣れてきたからか、どうでもいいことを考えている。妄想はランニングマシンのベルトに乗ってやってきて、私の左足から体に入り脳に渡り、右足からベルトに返る。その衝撃でベルトが熱くなる。

途中、ベルトから「こつん、からんからん」という音がしてドキッとする、その後ベルト音がギーギーという引きずった音に変わる。赤い紐に目が行く。やだ。今日は止めたくない。左右のハンドルを握りしめる。お巡りさん、こっちです!なんか異音がします!

汗をダラダラかき2分ぐらいビビりながら走ると、
「生物とはベルトの前に無力なのだ。」
という謎の悟りを開きハンドルから手を離す。人だってハムスターだってミミズだってオケラだってアメンボだってランニングマシンの前では前進するしかない。たとえ異音がしようともね!
最初の二生物以外走らないなどという理性的な考えはない。走ると決めたら走るんだよ!ミミズもな!人はこういう状態をなんというか知っている。悟りではなくヤケクソである。

気がついたら完走してた。
前半は辛く長く妄想が止まらなかったが、ヤケクソになった瞬間時間があっという間に過ぎて行った。あれ?ランニングハイと逆方向行ってない?ひとまず、よろけも痛みもなく走れたので良かったと思おう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?