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仔犬に向ける目線、昔と今と

「KAWAII」が海外でも通用するほど日本のカワイイはよく知られているようですが、江戸時代のかわいい絵画も人気がありますね。いろいろなサイトで紹介されています。

ここはかわいい江戸絵画の展示でおなじみ府中市美術館の学芸員である金子信久さんに取材しているサイト。ああかわいい。

(Numero TOKYO)
江戸の“もふもふ”大集合! かわいい温故知新(2021.8.8)

その府中市美術館での2021年の展覧会のレポがありました。
仙厓義梵の《犬図》、きゃふんきゃふんもたまらんですね。

(和楽web)
かわいさにきゃふん 日本画に描かれた動物たちが「府中市美術館」に大集合!(2021.10.21)

また、こちらは2024年2月4日まで開催している展覧会です。

(美術手帖)
若冲・芦雪の「ゆるかわ」も。山種美術館の特別展「癒やしの日本美術 ―ほのぼの若冲・なごみの土牛―」で日本美術に癒されよう

どのサイトでも取り上げられている仔犬たちの絵。円山応挙や長沢芦雪たちの描く仔犬たちははモフモフコロコロ、めちゃくちゃかわいいです。江戸時代の人々も現代の私たちも同じようにかわいいなあと感じているのだろうと思うとなんか嬉しくなります。といってもこの国は清少納言の昔からかわいいものが好き、いやいや土偶だってかわいいですからね。

さて、あの仔犬たちにもみくちゃにされたい! 暴力的なかわいさ! などと思いながら応挙や芦雪の仔犬たちを鑑賞していたのですが、あるとき「あれ?」と気付きました。

仔犬たちを見て「かわいい」と思うのはいつの時代でも一緒だろうし、「みんな元気で大きくなあれ」と思うのも一緒でしょう。でも、江戸時代の「みんな元気で大きくなあれ」と現代の私たちの「みんな元気で大きくなあれ」は違うんです。たぶん。

現代なら「(みんな元気で大きくなるのが大前提の)みんな元気で大きくなあれ」だけど、江戸時代は「(このなかの何匹が大人に成長できるのかわからないという前提の)みんな元気で大きくなあれ」なんです。

幼い生きものが無事に大人になるのはいつの時代だって奇跡といえるのかもしれないけれど、その奇跡の度合いはやっぱり江戸時代と今とでは違っているはずです。

フィラリアの予防薬もない、ワクチンもない、まともな獣医療もなく母犬の栄養も十分だったかどうかもわからない、そんななかでの仔犬の生存率は決して高くはなかったでしょう。人々の誰もが仔犬に愛を向けていたとは限らない。邪魔だったり悪さをしたら無礼討ち。

描かれた仔犬たちのうち、はたして何匹が無事に大人になれたのだろうか。

かわいい子犬たちに注がれていた応挙や芦雪の視線には、祈りのような気持ちもあったのではないだろうか、今、生きているこのときを絵の中に永遠に残しておきたい、と考えていたのではないだろうか、そんなふうに思います。

そう思うに至って以来、描かれているかわいくもはかない仔犬たちの姿がますます愛おしくなったのです。

ではまた。

トップ画像は国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1906488
金井紫雲編『芸術資料』第一期第二冊(芸艸堂、昭和11年)より
円山応挙《藤花狗子図》より一部

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