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なんにもなくて なんでもある

佐用に来て7年と5ヶ月、ずっと佐用に住む人は
「なんでこんななんにもないところに?」と訊くけど
それは
「都会にあるものがない」だけで実は
田舎のほうがなんでもある

都会にあるものは
お金を出せばあらゆるものが手に入る「お店」
お金を出せば見たいものを見ることができる映画館や美術館
お金を出せば教えてもらえる〇〇教室など

とても選択肢が多いように見えるけれど
じつは
「お金を出せば」という条件がついている

小さなときに父方の祖父母の家に滞在した時のこと
その頃、祖父母たちはほぼ自給自足的な暮らしをしていて
夕ご飯の支度をしていて「大根がない」となったら
懐中電灯で足元を照らしながら大根を抜きに行った

いとこが捕ったイノシシを煮込みで食べたり
毎日ナスと里芋の煮たのがおかずだったりで
「飽きないの?」と尋ねるわたしに祖母は
「そこで採れるものを食べてればいいんだ」と
身土不二のようなことを言った

井戸の水を汲んで台所の水瓶に貯め
食べるものは畑や森からやってくる

祖父はわたしと一緒にニワトリを締めながら
「台所は生き物が食べ物になるところ」
と教えてくれた

水と土とお日様があれば
なんでも「ある」になることを知った

おおきくなったらわたしもそんな風に暮らしたい

わたしが望んでいた暮らしは
祖父母の家で知ったこと
ドラマの「大草原の小さな家」で見たことの寄せ集め

それが今ほとんど叶っていて
カラダを動かせば生きるのに必要な燃料と食べ物が手に入る

陽当りと風通しのよいあったかい家
よく動くパートナーがいて
畑の野菜、みんなで作ったお米
犬がいて
ニワトリがいて
やりたかったこともどんどん叶って
ずっと、ずっとわたしが願っていたものが全部あるような気がして
…他になにか欲しい物があるんだろうかと考えた

あった

馬かロバが飼いたいんだった

馬かロバもいつかうちに来るかもしれない

でもそのときは
すごろくの「あがり」みたいに
わたしの今生も「あがり」かもしれない

だから
やりはじめたこと
やっていることの
精度をあげるために
しばらくは動き続けて馬とロバのことは
いったん横においておくことにしよう


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