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山を思い出す

がさがさ、ごそごそ。草を踏む音が聞こえてくる。

だれかがこの道を上がってきたのだろうかと、道を開くために持っていたナタを腰に戻し、石を採るためのハンマーを握りなおす。音のする方をじっと見る。しばらく待つ。

けれど、何もでて来ない。

また風の音か、小さな動物でも動いたのか。けものの匂いはしてこないから、いたとしてもネズミの大きさ。それにしては、音が大きかったな、と思い出して、考えるのをやめる。

気持ちを切り替えて、地図に目を落とす。次に向かう場所を確認し、まわりの地形をよむ。ゆるい谷に見えていた場所は低い藪におおわれていて、突き抜けていくのは難しそう。時間が足りない。調査内容をざっと思い出し、あきらめる地点を決める。翌日に回すと決める。

集合場所につくのには、思っていたより時間がかかりそうだ。それでも、今日の割り当て分が無事に終わったことにほっとする。

山菜採りのシーズンを終えたころ、山の中は特におおくの気配が現れる。(次に気配が多くなるのは冬のはじまりのころ)。

その気配が何であるか、よくわからない。動物でもなく、植物でもない。何かの気配が、ふらふらと山の中を動く。

複数人で歩いている時には気にならないのだけれど、ひとりふたりで歩いていると気になり始める。一度、気になるともうだめだ。しばらく、気になる。

悪さをされるわけではなく、ただ自分が薄気味悪く感じるだけ。

だれも見えないのに、誰かが隣を歩いているような、不思議な感覚。
あるときは、がさがさと音がする。前や後ろ、横から、だれかが道に上がってきそうな気がする。

少し離れた林の木の影から、何人かが息をひそめて、こちらをうかがっているような気がする。時によっては、すうっと人が出てきた感じがする。

どきどきと、内心こわがりながら、仕事に向かう。調査を続ける……

今日は雨だった。湿った土まじりのみどりの匂いが、うすく風にのって届いた。あの山の気配を思い出した。

思わず振り返った。
なにもいない、いつものわたしの部屋の中。

山から離れて何年も経つのに、あの気配の匂いを覚えていた自分に驚いた。

ただ、それだけのおはなし。

……匂いで覚えていることって、意外と多いのかもしれない。



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タイトル上の写真はc_h_a_c_oさんの作品。現実でないような絵本のような写真。色合いで、こんな感じに風景を切り取れるのねと。不思議な思いする写真でした。ありがとうございました。

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