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頼まれてもないのに。その7(中島敦@青空文庫)


背伸びをしてみたくなる年頃というものがあるようで、私にとってはそれが近代日本文学を読むという行為だったことがあります。毎年夏になるとどの書店にも山積みされる「新潮文庫の100冊」という無料小冊子を持ち帰っては、梶井基次郎だの志賀直哉だの樋口一葉だのに思いを馳せ、葡萄のしるしや落穂拾いのモチーフを手に取る自分自身に「文学少女」らしさを見出していたのでした。今にして思うと当時読んでいた小説の中身をどれほど理解していたか怪しいものですが……

その中でも印象に強く残っている作家が中島敦です。私が読んでいたのは新潮文庫版。全部で4編所収されており、表題作のほかに「名人伝」「弟子」が収録されています。

この本に所収されてる4編はいずれも中国の古典を底本にしたものですが、単なる翻訳然としたものではなく著者の筆を通して一人一人の人物像が咀嚼され立体的に描かれているため、10代の頭でっかち経験不足な者にも登場人物の苦悩や思いがひしひしと伝わってきたのです。のみならず決して平易とは言い難い漢文調の文体が、背伸びがちの文学欲をほどよく満たしたものです。

代表作はやはり「山月記」でしょう。しかし私は「名人伝」を推したい。一芸を極め抜いた先にある、究極のストイックがここにはあります。東洋的。「弟子」も好きです。この短編のせいで私は未だ、優等生の顔回や子貢よりも直情径行な子路ちゃんが可愛くて好きなのです(こらこら「ちゃん」をつけるな「ちゃん」を)。

そんな中島敦、早世(33歳没)ゆえに作品は決して多くありません。ただ皮肉なことに早世ゆえに著作権が切れるのも早く、今では「青空文庫」でその作品の多くを無料で読むことができます(全作品かどうかまではごめんなさいわかりません)。

今、こんなご時世なので生徒さん、学生さんたちの中には時間を持て余している方も多いと思います。図書館も利用できない今だからこそ青空文庫という無料サービスを有効活用してほしいと思いますし、その中で何を読めばいいかと問われたら、私は中島敦をいの一番におすすめします。辞書が手元にあるとなお良しですが、なくてもフィーリングでそこそこ読めます。10代の多感さ背伸び感と中島敦ってとても相性がいいと思うんです。

今の若い子は音楽にしても本にしても、無料だったり定額だったりで「手あたり次第」ができるのですから、教養的なものへのアクセスに対してはものすごく恵まれています。このご時世、「ある」ものへの感謝よりも「ない」ことへの不平不満ばかりがクローズアップされがちで、そのせいなのか「できなくなったこと」「我慢しなければならないこと」にばかり目が向きがちですが、この恵まれた環境をぜひパワフルに使いこなして己の血肉にしていってほしいです。

まあ結局のところ、一人でもより多くの人に中島敦を読んでもらって、結果子路ちゃんファンが増えてくれたらそれにまさる喜びはないってことですよ。

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