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頼まれてもないのに。その50(令和五年大相撲名古屋場所を振り返る)


 それにしても今場所の土俵はよくすべりましたねえ。
 あのすべりをものにした力士が賜杯を手に……とか思ってみたりしましたけどあんまり関係なかったようですね。
 連日の猛暑の中、みなさまお疲れさまでした。

 横綱照ノ富士の連覇と3関脇同時大関昇進という二大看板を掲げての名古屋場所、残念ながら横綱は腰痛の悪化で4日目から休場、3関脇のうち大栄翔と若元春は終盤完全に精彩を欠きいずれも9勝6敗の星に終わるという中。

 豊昇龍、ついに初優勝です。12勝3敗での優勝決定戦を制しての優勝。当然場所後の大関昇進も確定です。個人的にはあまり好きじゃない取組も中にはなかったわけではないですが、終盤二日間+優勝決定戦の3番が圧巻でした。大関獲りとは実力もさながら、最後は己との勝負を制することができるか否かなのですねと、豊昇龍のラスト3番を見ていて深く感じ入りました。
 大関昇進に優勝の手土産があるのはいいですね。若元春、優勝しよう。

 豊昇龍の相撲が他から頭一つ抜きんでているなと思う点は「取組中の状況判断と切り替えが素早くて大胆」というところです。体の動きに刻み込まれた知そのものというのでしょうか、臨機応変、そして今回大関伝達式口上にも使われていた「気魄一閃」まさにそのものな相撲の取り口。あの四文字を提案した人、素晴らしいです。
 体格も実はけっこう大きくなってきてるので立ち合いそのものの奇襲に頼らなくてもいい相撲をさらに取れるようになると、うまさとセンスだけでない、真に力強い大関、もしくはもう一つ上の地位の名称で呼ばれる力士になれるのだろうなと思います。

 それにしても大栄翔も若元春も終盤びっくりするほど崩れに崩れ、しまいには立ち合いに変化までかましてくるし、いったい二人ともどうしちゃったの状態。これが大関獲りのプレッシャーというものなのでしょうか。
 大栄翔は押し相撲一筋の欠点が最後にあらわになってしまったし若元春はやはり経験不足が出てしまったのでしょうね。でもお二方とも負け越したわけではないし、若元春も一度はこのあたりの地位で優勝しなくてはいけないのでしょうね。
 中盤までとてもよかったのだもの、来場所また気持ちを新たに強い相撲で楽しませてくれると信じています。

 錦木!!!
 11日目までは強かったー。先場所からの14連勝といい序盤怒涛の三関脇撃破といい、ついにメガネ男子の時代が来たぞと楽しませていただきました。まあ違うメガネ男子が優勝かっさらっていったわけですが。
 優勝の二文字ってとんでもないプレッシャーなのでしょうね。
 中学卒業後の入門叩き上げ力士が結果を出すというのは本当に見ていてうれしいものです。

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 朝乃山の休場明けの4番には感動しました。ようやく前頭4枚目まで戻ってきたのに4勝3敗、その上ケガでの途中休場にはひどく落胆したものですが、実質7敗状態の11日目から再出場、一つでも星を落とせば負け越しからの4連勝で勝ち越し、この気迫がようやく朝乃山から出てきてくれたという、実に気持ちの入った4番でした。

 霧馬山改め霧島。新大関の場所直前に怪我で休場。4日目から出場して最終的には6勝どまりとなってしまいましたが霧島なりに新大関の務めを果たそうとしていたことは十分すぎるほど伝わりました。
 一人大関。しんどい場所だったでしょうが最後まで踏ん張ってくれてありがとう。

 朝乃山にしても霧島にしても、常識的に考えれば本当は再出場しないほうがいいケガなんでしょうけれども、人には無理を押してでもやらなきゃいけない時があるよなあと。
 そしてそれって自分自身に対する自信と誇りにもなるよね。
 でもケガ治してね。

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 伯桜鵬、やっぱり触れなきゃならないですよね。
 怪物ですねやはり。
 この力士はなにより足腰がとんでもなく強い。それだけじゃない。錦木戦で見せた一瞬の勝機を見逃さない観察力と、ここぞと大胆な技を繰り出せる度胸の良さ。
 とんでもない逸材です。
 ただ、社会人経験もあるとはいえ、まだ所要4場所、19歳なんですよね。精神的なものはまだよくも悪くも柔らかいでしょう、どちらにも転べてしまう。そのことを周りは忘れちゃいけないと思います。
 見た目の堂々とした態度に惑わされず、今の時代の19歳ではまだ未発達であろう、心の成長部分のやわらかな伸びしろを、大事に見守っていきたいものだと思います。
 今から過度のスター扱いしないでねと願うんだけど、さてはて。

 ところで彼がもし今場所、新入幕で、しかもマゲも結えない所要4場所で、幕内総合優勝なんかかっさらってしまったら、大相撲にとって快挙どころか(そりゃ本人には快挙でしょうが)大恥以外の何物でもなかったでしょう。あまりそういう騒ぎ方してる人いなかったようですけれども。
 だってですよ、それこそ15歳から相撲部屋に入って一生懸命努力して、つらい思いもいっぱいして、それでも関取になれない人のほうが圧倒的に多いんです、なのによ、いい高校に入ってそこの指導者のもとで稽古して、部活も勉強も両立して、角界デビューしたらしたでトントン拍子に出世して、で、これまで地道にやってきた力士蹴散らして優勝してごらんなさいよ、たった4場所の子に、その何倍もやってきた人たちが負けるのよ、これまでの角界のシステムって、力士養成システムっていったいなんなのよ、ってなりませんか?
 いやいや、むしろそれを望んでいた人たちも多かったのかもしれないなあ、なんて思ったりも。もう時代が違うんだよ、今の角界のやり方ではもはや古いんだよということを身をもって知ったほうがいいよと彼らは内心思っていたかもです。……それでもよかったのかなあ。

 そういう点でも、千秋楽の豊昇龍はあのプレッシャーのかかる一番を冷静によくさばいたものだと、もうそれだけで大関昇進の価値がある一番だと思いました。ああいう時にこそ、番付通り勝てることが大事なのだと。

 ……で。えっと。

 北勝富士、ごめん、12勝3敗で優勝決定戦まで行ったのに、他の役者がそろいもそろってど派手すぎて完全にあの。ほんとすみません。

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 今場所の新入幕が皆三賞受賞という快挙。
 豪ノ山に湘南乃海、10勝5敗で敢闘賞。
 伯桜鵬が11勝4敗で敢闘賞と技能賞。
 凄いねえ。
 今場所の三賞はなんと総勢7名(延べ8名)。そんなに大盤振る舞いできるなら毎場所そうしてくださいよと嫌味の一つも言いたくなるところですが、みな素晴らしくて本当に絞り切れなかったのでしょうね。

 琴ノ若が北勝富士同様(他の力士たちが目立ちすぎてたせいで)完全に影薄かったのですけれど虎視眈々と優勝と大関を狙ってるのは明白。早く牙をむいてほしい。

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 さて秋場所はどうなることか。
 もう少し涼しくなっていてほしいものですがいやはや。

 毎場所思いがけないドラマに事欠かないし、ここでは一つ一つ書けないけど目立たないところで進行しているドラマもちゃんとあり、私をはじめ相撲ファンは言葉にしてないだけで皆心の片隅で気にしてるし追っていて、彼らのドラマがいつかまた表に浮かび上がってくることを祈っているのです。

 みんながみんな栄光をつかめるわけでない。
 勝つ力士がいるということは、負ける力士が必ずいる。
 喜んでいる力士がいれば、悔し涙を流している力士も同じ数いる。
 私は目立つところの、それもほんの一部しか見てないけれど、それらもすべて、朝から相撲を取っているたくさんの力士たちの存在があってのこと。

 今場所もお疲れさまでした。


武者修行中です。皆様に面白く読んでいただけるような読み物をめざしてがんばります。