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頼まれてもないのに。その32(令和3年大相撲名古屋場所を振り返る)


名古屋で開催された今場所は昨年の大阪場所以来1年4か月ぶり、お客様を入れてとなるとなんと1年8か月ぶりとなる地方場所の開催でした。場所を通して力士・スタッフからの陽性者なく、観客の皆様から陽性者が出たという話もなく。

本当に素晴らしい。

そして今場所、ついに横綱白鵬が土俵に帰ってきました。進退をかける場所として臨んだ今場所、いつその姿が見れなくなってもおかしくないと覚悟していたのがばかみたい、なんと15日間皆勤どころか15戦全勝。36歳にして45回目の優勝を遂げるとともに来場所以降も進み続けることを宣言。これで横綱在位899勝。「あと1勝を目指していきたい」。大横綱の気持ちはすでに9月場所を見据えています。

あああ。こんな人物、誰一人として敵うわけがありません。

相撲内容については賛否両論あります。「否」の側面については私も5回に分けて書かせてもらいました。かなり真剣に書いたのでよろしければこちらもお読みいただければ幸いです。

ですからここでは「賛」のほうだけを。

品格に欠けるなりふり構わない相撲だといいますが、じゃあもしあの相撲をみなさんやってもいいですよと言われたところで、白鵬以上に上手にできる人がいったいどこにいるのですかと。

勝ち方が横綱らしいとからしくないとか以前に、あの相撲を取れる力士が白鵬しかいないという歴然たる現実。他の力士がいくらあの相撲を取りたくでも技量的に不可能。すべてはこれなんです。

つまりこれは白鵬一人の問題のように見えて実はその他の幕内力士たちの問題でもあり、後者のほうがより深刻にも思われます。


「退く」ではなく「進む」をかけて臨まれた復活の15日間、本当におつかれさまでした。そして36歳にしてまたも達成した15戦全勝という快挙。日々の土俵入りと結びの一番。

白鵬がいるだけで本場所の空気がまったく変わる。この15日間、ほんとうにありがとうございました。

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照ノ富士!! 

長かったような、結局はあっという間だったような。

第73代横綱昇進おめでとうございます。14勝1敗。相撲内容も連日充実。横綱に昇進したあとのことを思うと決して手放しでは喜べないのも事実ですがそんなの実際に進んでみないとわからない。少なくとも私が心配することではありません。むしろどこまで進むのかを楽しみに見ていよう。

白鵬の言葉を借りるなら「宿命のある人が横綱になる」。もはや以前のようにただ力任せに強いだけではない、心身ともに地獄を見てきた新横綱。照ノ富士にはどのような宿命が待ち構えているのでしょうか。

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今場所はこの二人の全取組と再入幕でこちらも復活の10勝を挙げた宇良の全取組を抑えておけばもう十分、といったら怒られてしまいますかね。

前半の若隆景に後半の翔猿、豊昇龍や霧馬山、なにげに逸ノ城もよかったなあ。石浦と玉鷲も久々に元気な相撲。あらら小柄な力士とモンゴル出身力士ばっかりじゃないか。琴ノ若も好成績ではあったけどあまり印象に残っていないのです。

2日目に首を痛めた貴景勝はその後どうなっているのでしょうか。痛めた箇所が箇所だけにどうか無理をしないでほしいところ。場所直前になってまさかのぎっくり腰、なんとか3日目から出場したものの2日分の休場が最終的に命取りとなり大関再昇進が白紙に戻ってしまった高安。つくづく持っていません。

大栄翔、隆の勝、明生はまだまだ伸びますよね。みんな気持ちが強そう。

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正代に対しては14日目のことだけを。もし来場所も白鵬から同じ相撲を仕掛けられたらどうやって勝ちますか? ちなみに白鵬自身も数日前にあの立ち合いをされていますが翔猿に勝っています。つまり勝ち方は必ずあるということです。

これ、見方を変えると、白鵬という、誰よりも相撲の技を愛し柔軟な頭を持つこの横綱はもしかすると、自分が勝った相撲をそこで終わらせることなく、負けた翔猿視点からも見直し、何かを確かめたかったのかもしれません。奇抜な立ち合いをしたはいいけど何もできなかった翔猿に、ではどうやったら勝てたのか、俺ならこうするねという、数ある中の一解答例を示したのかも。

さて負けた正代、来場所のリベンジをあの負けの瞬間、心に誓ってくれたのでしょうか。少なくとも同じ立ち合いをされたら(するわけないだろうけど)今度は必ず勝てますか? 正代から見た白鵬の相撲の弱点は? 白鵬が仕掛ける数々の荒々しい技をどうすれば回避できる? むしろ逆手にとれる?

そもそもこの力士の中に何が何でも次は力でねじ伏せてやりたいという執念の炎はあるのでしょうか。臥薪嘗胆の精神というものが。

白鵬を除けば今や本人が望む望まないにかかわらず、正代が日本人No1の地位にいる力士なのですけれど、その自覚があるやなしや。

今場所の結果を見て御嶽海にも思ってしまったことですが、二人ともすでに優勝も経験したことだし、したくないならこれ以上の無理をわざわざしなくてもいいんじゃないですか。なまじっか強いばかりにいちいち批判されるばかりの力士より、強さほどほどに皆に愛される力士でいる、そういう相撲道もあると思いますもの。

横綱なんて負けが重なれば辞めろ辞めろの大合唱、そこまでひどくなくても大関だって負けるたびに批判されてばかり。やれ品格がどうの責任がどうの。これ、本当にわりに合っているのでしょうかね。

品格も責任も問われず、強い強いと称賛される関脇あたりが一番心地よく過ごせる番付なんだろうなと外から見ていて思うようになりました。

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白鵬関連の記事の中で最もお気に入りのものをここに紹介させてください。

白鵬 僕は最初、モンゴルから日本に来て日本に帰化するまでの間、もしくは大関までは、負けて相撲を引退してしまったらモンゴルに強制送還なんです。ずっと16歳の時から進退を懸け続けているんです。
国民的英雄の父を持つだけに、16歳で角界入りした白鵬は何が何でも結果を出さないといけない、と自らに言い聞かせてきたという。杉本氏が「進退を懸けると言われても、それは今さらでしかない」と言うように、白鵬の胸の中には20年間「進退」の2文字があり続けた。

横綱審議委員会の爺様たちが軽々しく口にする「進退」などとは比べ物にならないほど重く厳しい決意を、この横綱だけでなく外国人力士たちのほとんどが背負ったうえで日本に来ているのでしょう。

横審は「退かせる」ことしか考えていないけれど、白鵬を含め戻る道のない彼らは、いつだって「進む」ことしか考えていないのです。

私は今回、こんな簡単なことにも気づいていなかった自分を恥じました。と同時にこの境地に今の日本人力士が達するのは到底無理な話だと諦めました。

日本人力士なら、関取に昇進するまでは同じく大変だけど、その後は長くその地位を保つことさえできればあとは親方株取得の手筈をなんとか整え(それが最も難しそう)あとはほどほどの地位のところで相撲を取っていればいいではないですか。そのためには相撲の強い高校に進学して、親方株のことまで考えるなら名門大学の相撲部でぜひ結果を出しておきたいところ。

ああこれ知ってる。大学受験やその後の就職活動と同じ発想。サラリーマンになったらまずは一丁あがりのやつ。そこまでが難しいのだと目くじら立てられても困ります。こちとらそちら側の事情などどうでもいいんです。その先に積み上げられるものの貧弱さが問題なのだから。

白鵬の相撲に(本質的なものならまだしも)的外れないちゃもんをつけてる暇があったら、サラリーマン化している日本人力士の現状を本気で憂い、どうしたら外国から来た力士たちとせめて精神的な強さだけでも渡り合えるようになるのか、今からでも遅くない、現実的な対策を練ってください。

ますます相撲の冴え出した豊昇龍だけでなく、白鵬がプロデュースする北青鵬という未完の大器までもが、すぐそこに迫ってきています。


武者修行中です。皆様に面白く読んでいただけるような読み物をめざしてがんばります。