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てつくんのこと

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2019年。

私がまだ当時のアルバイト先で、日々せっせとストレスを溜めていた頃。

母から運命のLINEが届いた。

「友達が子猫の里親探してるって。黒猫の子猫2匹。」

そのあと電話が来た。

「以前黒猫を飼う夢を見た。ひょっとしたらこれは運命かもしれない。」

と彼女は言う。

「でも2匹なんて部屋が汚いから無理。どうしよう。」

私にはある思惑があった。家族で溺愛していた猫は、その数年前に亡くなり、当時実家で最後の1匹だったミニチュアダックスフンドも亡くなった。絶えず動物のいた実家には、母と兄だけになっていた。

そして母はその頃、パートの仕事を探していたが、なかなか続かなかった。

加護する存在は、人間の活力になる。

仕事はしないでもいいから、何か母の支えになるような存在がいればと、ずっと思っていた。

そんなことを考えながら、不意に私の口から出た言葉は、

「うちで1匹引き取るから、もう1匹をもらいなよ。」

完全に何の考えもなく言ってしまった。そのあと少し冷静な頭で、自宅の間取りを確認する。

ダイニングと寝室は分かれており、ドアもある。いきなり先住猫と会わせるわけにはいかないから、ダイニングにケージを置いてしばらくお世話をする。

寝室もここをこう整理すれば、もう1つケージが置けるから、慣れたらケージごと子猫を移動させればいい。

あ、大丈夫じゃん。バイトの日数増やして稼げば、お金も問題ないし、離乳してる子だったら時間的にも十分見られる。職場徒歩5分だし。

「それなら引き取ろうか。」

母も決心をしてくれた。

母と暮らしてくれる子が見つかった喜びと、また子猫と暮らせる喜びが一度に押し寄せて、それから数日、私は完全にハイだった。

バイト先のストレスも感じないほどだった。

しかしそれからしばらくして、一気に地獄へと叩き込まれる。

「お兄さんが2匹とも引き取りたいって。黒猫を両肩の乗せたいって。」

怒りとも、悲しみともつかない感情に襲われた。

いやいやいやいや結局兄は仕事が忙しくて、面倒ほとんど見られないだろうし、兄のものがリビングに溢れすぎて、私は数年実家で正月を過ごしてないくらい綺麗ではないし、何より私は完全に「子猫ちゃんウェルカムモード」に入ってるし・・・目の前が真っ暗になった。

バイトもバックれたいくらい嫌になった。

が、元々が割と前向きな性格なのか、

「保護猫もう1匹うちで引き取れるじゃん。」

と、気付く。

知人がちょうどその頃、足の悪い子猫の里親を探していた。

先住猫・たまと似た色柄の子だった。

トラ猫だからとらと名付けたい、とまで思った。

そのギアが入って、知人にお願いしようと思った矢先。

「うちで2匹は無理だと、お兄さんを説得しました。1匹はみーちゃん(私)にお願いしたいです。」

と、母から告げられた。

やっぱり引き取れることになった喜びと、もう1匹の子を引き取れなかった悲しみ。ジェットコースターのように心が揺れ動いた。

後日、もう1匹の子も無事里親が見つかり、温かい家庭の子になった。とても安心した。

ちなみにそのときもう1つのバイト先にいた。(大元は同じ社長)

そっちは雰囲気が良くて好きだったので、店長に

「猫うちの子になった!!!」

と狂喜乱舞状態で伝えた。店長は引いていた。

母と相談しながらケージ等を買い揃え、いよいよお迎えに。

まず母と兄が神奈川から千葉まで子猫を2匹とも受け取りに行き、翌日私が実家まで迎えに行くと言う算段である。

千葉に行く日は私はイベントの手伝いがあり、行けなかった。

例に漏れずイベント中、会う人会う人に子猫のことを言いふらしていたのだが。

実家まで迎えに行く日は、浮かれているような緊張しているような、妙な気分だった。子猫を触るのは、たまが小さいとき以来だ。一緒に暮らせるなんて夢みたいだ。

実家に着いて荒れたリビングに入ると、大きなケージの中に小さな2匹の黒猫が身を寄せ合ってた。まだ緊張しているらしい。大きな目をキョロキョロと動かし、お互いの体温で安心感を得ようとしている。

はっきり言って可愛すぎる。

とんでもない可愛さである。

生後3ヶ月にしては大きかった。骨格が大きめな子達だった。1匹ずつ抱いてみたら、見た目より頼りなく細かった。その間もずっと2匹は怯えていた。

落ち着いた環境から急に知らないところに連れてこられたから、仕方がない。それにしても可愛い。2匹引き取りたいと言った兄の気持ちが、痛いほどわかる。

「どっちの子にする?」

と、母。

ものすごく悩んだ。母はどっちがいいかと聞いても、余った子を引き取ると。この子達は元々、余り物なのだ。他の2匹の兄弟はすぐ里親が見つかったが、黒猫だからと言う納得できない理由で貰い手が見つからなかった。

こんなに可愛いのに、よく余ったな。むしろ余らせてくれておいてありがとう。

私は痩せている子の方を選んだ。

ひょっとしたらこの子の方が小さいから、体が弱いかもしれないと思った。

私には、ガリガリだったたまをふっくらさせて、獣医から「大きくならないかもしれない。」と言われたたまを平均体重に育て上げた、昔取った杵柄がある。

この子も太らせよう、と思ってその子を選んだ。

キャリーに入れて連れて帰るとき、母曰く

「残された1匹が兄弟を連れて行かれてショックを受けた顔をしていた。」

とのこと。ものすごい罪悪感じゃないか。彼から兄弟を奪った、悪人じゃないか。

2匹ともオス。実家の子はノワール、うちの子はてつと言う名前になった。

ノワールは兄が名付けた。私のせいで、代々実家の動物は和風の名前だった。うっすら、「不満だったんだな・・・。」と察した。

てつは、最初に母から相談された後すぐにひらめいた名前だ。

その頃私は仮面ライダーBLACKにはまっていた。黒猫はBLACK、BLACKは南光太郎、南光太郎は倉田てつを、と言う流れだ。友人には「せっかくの黒猫に、高校球児みたいな名前をつけるな!」と怒られた。いいじゃん高校球児。

てつを家に連れて帰り、ケージにすぐ入れた。

あんなに怯えていたから、とりあえず気持ちを落ち着かせてもらおう。私が害のない存在だとわかってもらおう。

よろしくね、と言いそっと撫でてみると、お腹をコロンと出し、爆音で喉を鳴らし、私の手にすり寄ってきた。

数分で懐いてくれた。黒猫は人懐っこいと聞くけれど、本当にそうなのかもしれない。とんでもなく可愛かった。久しぶりの子猫の感触は最高だった。

しかしここで気になるのは、先住猫・たまのリアクションである。

ロフトが付いている部屋なのだが、そこに登るとダイニングを見ることができる。ので、そこにいた。

先住猫を優先すべしと言う先人の教えを守り、すぐに構いに行った。

そのルールを基本ベースとし、たまとてつの新しい日常が始まった。

最初はケージ越しで会わすが、物怖じしないてつに対して、たまは威嚇をしていた。そりゃそうだよね、と思いながら見守った。お互い怪我だけしないよう、細心の注意を払いながら。

次にダイニングで直接対面。始まる鬼ごっこ。たまを追いかけるてつ。逃げるたま。そして結局威嚇をするたま。

しかし私にはなんとなく、なんとかなると言う妙な自信があった。

寝室にてつのケージを移動すると、24時間顔を合わせるため、ふたりの距離は縮まった。ケージから出しているときは鬼ごっこ。ちょいちょい喧嘩。

あるとき、シフトの関係上3連休がもらえることになった。これはチャンスだなと思った。監視のもと、1日てつをケージから出していられる。

徹底的に猫達に寄り添う。目を離さず、見守る。

だがずっと鬼ごっこ。ふたりの距離はなかなか埋まらないなと思っていた。

3連休の最終日、ラジオを聴きながらベッドの上にいたら、てつが私の足の間でくつろぎ始めた。

ちっちゃいなー、めちゃくちゃ可愛いなあと思っていると、たまがそこに来た。

おいおい、人の体の上で喧嘩かよ。そう思った矢先、たまがてつを抱きしめ、てつに毛繕いを始めた。

時間が止まった。

一瞬思考も止まった。

慌ててスマホで動画を撮ったが、スローモードだった。そのくらい慌てていたし驚いた。

ここまで来るのに9日間。しかし9日間って結構短いと思う。のちに本で読んだら、20日目に会わせろって書いてあった。

その日以来、ふたりはとても仲良くなった。鬼ごっこも喧嘩もするけれど、終わると毛繕いをしあい、寄り添って過ごしていた。

この時期は、てつがたまのお乳を吸っていた。出ないけど。たまも嫌がっていたけど。これは1歳の直前まで続いた。

いつの間にか2匹で1つのセットになっている。お互い自分の時間やスペースは大事にしつつ、いい関係が築けている。

私は見守っていただけで、何もしていない。単純にラッキーだっただけである。

ちなみに実家のノワールも、母にとても懐き、兄から毎日遊んでもらっている。母は部屋が片付いたら、妹を迎えてあげたいと言っている。

これからみんな、元気で過ごしてくれたらなと思う。




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