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今週の日記#57

車で踏切を待っていたら、向こう側から歩いてきたおばあさんが遮断機をくぐって線路内をよろよろと歩いていた。同乗していた家族と一緒に「ワーーー!!!!」と叫んでしまった。我々が救出に向かおうとするより先におばあさんは線路を渡り切ってまた遮断機をくぐってとぼとぼと歩いて行った。目の前で大事故が起きていたかもしれないという恐怖で手が震えた。めちゃくちゃ怖かった。遮断機って、もうちょっとテクノロジーの力でなんとかならないもんですかね。内側から脱出はできるけれど外側からは絶対に入れないような仕組み、とか、出来そうだけどなぁ。

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『踏切』という単語が出てこなくて、『線路 カンカン 場所』と調べてしまった。

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スーパーのフードコートには青春が詰まっている。小学生のころ、スーパーのフードコートにDSを持ち寄って遊んでいた。雨の日なんかは公園に行けないのでみんなが集まっていて、放課後も学校のコミュニティが延長しているような感じだった。友達が発売直後に手に入れたらしい3DSという最新ゲーム機を初めて見たのもスーパーのフードコートだった。小学校にほど近いスーパーにはフードコートとともにアーケードゲームが並んでいるコーナーもあったので、そこで遊んだあとカード交換の場としてもよく利用していた。
いまもそういう文化はあるのだろうか。
「ねえ、そこの小学生たち、ちょっと聞きたいんだけど、いいかな。放課後にスーパーのフードコートで集まってゲームしたり、する?」なんて聞いたら即不審者情報行きだろうな。
いまはオンラインでなんでも出来ちゃうから、個々に家で通話しながらゲームしたりするのかな。それはそれで楽しそうで羨ましいな〜。門限とかも関係ないだろうし。各々の世代の青春を刻んでいってるんだね、きっとね。親世代になったとき、昔は良かった、なんて絶対言わないようにしたい。

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日記本(仮称)の編集に追われている。←これ書くの、めちゃくちゃかっけぇ。 毎日寝る前1~2時間ほど使って、誤字脱字のチェックや適宜全角スペースを入れる作業をしている。丸1年分の日記を読み返していると、本当にいろいろなことがあったなぁ、としみじみ思う。いま悩んでいることなんて1年後にはきっと過ぎ去ったことになっているのだ。ありきたりな話だけれど、この考えは僅かながら人生の安心材料になっている。

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カップヌードルを食べていたら小さいエビと遭遇して、咄嗟に頭に浮かんだのが「ちいこきいのち」という言葉だった。脳がインターネットに支配されている。

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カップヌードルを久しぶりに食べた気がする。『PRO』と書かれている、どうやら高たんぱく低糖質を売りにした新商品らしい。そういえばCMで流れてた気がするなぁ。
同じくカップラーメンのひとつである『チキンラーメン』は、好きなんだけど、3分待って蓋を開けた瞬間の香りと一口目をすすった瞬間、「なんかもういいや」ってなってしまう。どうやらこれは多くの人の共通認識のようで、以前川尻こだまさんもこのことを漫画に描いていた。

が、『カップヌードル』は食べ終わるまで全然飽きが来ない。たぶん、毎日食べても1週間くらいは飽きないと思う。それくらい大好きな食べ物のひとつだ。無限に食べられるとか言ってしまったらじゃあ食ってみろよどうせ食えねえだろ、ということになってしまうので、あえて現実的な数字で書いておいた。
これで高たんぱく低糖質なら、ひょっとすると最強の食べ物なんじゃないか、とも思う。


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ところで、私はカップヌードルのシーフード味を食べたことがない。そういえば、カレー味も食べたことがない気がする。
シンプルにシーフードと名の付くものがあまり好きではないからだ。シーフードカレーとか、シーフード焼きそばとか。大きめのイカやエビのプリプリとした食感があまり得意ではない。
シーフードってなんだよ、とふと思った。海の食べ物、シーのフード、ってことか。

シーフード
シーフード(英語: seafood)は、水性の食物のことであり、淡水および海洋の動物を含み、哺乳類を含まない。淡水性も塩水性も含むのは、英語の「sea」に「大きな湖」という意味が含有される場合があるためである。
調理用語としてはほぼ魚介類と同様の使われ方をする。

Wikipedia『魚介類』より

好きこそものの上手なれというけれど、嫌いなものをなぜ嫌いなのかとか嫌いだから揚げ足を取ってやろうとか思って調べることでいつの間にか詳しくなってしまうことって、あるよね~。


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