《76》心の傷を自覚した話

自分では、過去の自分の失敗として受け止め、そこから学んだことを今の自分が生きる中での戒めにしていることがある。

出来事としては、バッシング、追放、陰口、シカト、その他色々だ。

今日は、パートナー(仕事の)に、その傷を抉られ、あまりの痛みに大激怒。

まだ癒えていないことに気づいた。
というか、傷になっていたことに気づいた。
自分では傷ついていないと思っていた。
いや、そう思いたかったのかも。
傷ついたこと、弱い自分を認めたくなかったのかも。

死ぬこと以外はかすりきず、なんて言う人もいるけれど、そう言っている人だって本当は、痛いことに向き合いたくないだけかもよ、と思う。


心を乱す私に

「大人になれよ」とパートナー(仕事の)は言う。

「大人になるってどういうことよ」

「幼稚園の時に転んで痛かったことを大学生になって思い出しても痛くないし、なんで転んだのかも冷静にわかるだろう?」

彼の言うことも分かる。
でも、それは、アタマでは分かる、というレベルの話なので、本当には分かっていない。

傷口に触れられると、その時の悲しさや痛みが蘇り、どうしても涙が出てしまう。

私が全身全霊で知ったこと、分かったことは
あまりに深い心の傷はずっと痛みが残る
ということだ。


人って、他人が振りかざした正義によって、こんなにも傷つくものなのだ、ということだ。

世の中には、他人の不運や不幸を喜ぶ意地の悪い人もいるっていうことだ。

上から目線がどんなに意地悪で人を傷つけるものなのか、ということだ。


人として、自分の在り方として、それは絶対に人にやってはいけないと心に刻んだ、ということだ。


生きとれば、傷のいっちょうふたつはだれにでん。

岡部耕大「精霊流し」より

コロナで何度も中止になってしまっている、主演予定の2人芝居「精霊流し」の中にでてくる台詞を思い出す。

そうだ。傷は傷として認めればいい、知ればいい。治らないから悪いでもなく、痛みを忘れられないから悪いでもない。大人になれていないわけでもない。

生きていれば傷のいっちょうふたつはだれにでん。
だ。

そういえばタマラ創始者から昔言われたこと。

『あの時は、本当に痛かったのよ』『今でも痛いけれど、あのことがあったから今の私がいるのよ』そうやって、自分の経験したことを話していけばいいのよ。それが生き様を見せるっていうことよ。それがアクティベーターの役目だって、私、何度もずーっと同じことを言ってるわよね。

この時は、なんでもかんでも過去を忘れてしまう私に半分呆れて「勿体無いわねえ」という流れからの話だったように思う。

「あの時は痛かった」という創始者の言葉に、「あの時って、どの時だろう?」とさえ思っていた。

タマラさん、わたし、忘れてませんでした。
あまりにも痛すぎたので、傷を認めるまでに、こんなに時間がかかってしまいました。

今、世の中、コロナの次は戦争という状態だけれど、戦争反対とかLOVE &PEACEを叫ぶ前に、人は、「自分と向き合う」ということを知らなければならない。

自分と向き合うことを知り、世界にひとつだけの花じゃないけれど、自分という花を咲かせるために一生懸命になればいい。それだけのことなんだよ。

そうしたら、自分の正義を振りかざすことで、人を傷つけずに済む。
誰かを非難批判することで、人の足を引っ張り、傷つけることもない。

その結果が世界平和という状態に近づくのだと思う。









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