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【百線一抄】040■いろはが綴った恋の路ーのと鉄道

施策の翻弄に巻きこまれるものどもは果てなく無口で、わずかな址
の佇まいが刹那の息づかいを偲ばせる。北へ流れゆく対馬海流を存
分に背で受け止めるかのように伸び立つ能登半島。そこを縫う如く
列車が走っていた記憶はまだ薄れてはいない。輪島や珠洲・蛸島な
どの奥能登と穴水を結んだ国鉄七尾線と能登線、改めのと鉄道だ。

今の始発点にあたる七尾から奥への建設が始まったのは大正末期。
路線の延伸は順次進められ、輪島へは着工後10年ちょっとで開業
にこぎつけている。さらに奥へ進む蛸島方面へは戦後に入ってから
飯田までの路線として工事が進み、終点まで全通したのは正に東京
で五輪が開催される直前のことであった。開業後すぐ、赤字83線
に加えられたが生き残り、JRへの移行後に七尾以北がのと鉄道に
継承された。自動車交通の普及とともに能越道の計画が具体化し、
利用者の減少もあって、21世紀初頭に穴水以北の路線が消えた。

和倉温泉まで電化されたことによって、金沢からの電車と特急列車
が奥能登への旅人を送りこむ役割を担う流れができた。ところが、
高速バスの方が利便がよいこともあって域外からの利用は少なく、
ひいては半島内の利用も減少が進み、路線バスに代替された。バス
は系統再編も進められてはいるものの、現状は芳しくないという。

文字通り能登のど真ん中を南北に進む路線となったのと鉄道だが、
のと里山里海号という観光列車がある。七尾ー穴水間を普通列車が
約40分で走るところを小一時間かけて走る列車で、食事をしたり
お酒を楽しんだりできる。中間地点の能登中島駅では停車時間で買
物をしたり、僅かに残存する郵便車の見学に加わることも可能だ。
普通列車の利用では味わえない特別な時間を過ごし、穴水からの帰
途時にレンタサイクルを活用して街散策に繰り出すも一興である。

ひっそりと影をひそめる旧能登線のトンネルには、他線ではちょっ
と例がないと思われる、ひらがなの札が入口横に付いていた。各個
のトンネルには、穴水を出て順に数字ではなく「い」「ろ」「は」
というふうにいろは歌のかなが振られていた。途中の恋路駅では、
風景を楽しみながら足こぎトロッコに乗ることができる。終点目の
前にあるトンネル入口には「し」、酒造会社の隧道蔵がある反対側
では「ゑ」。酔ひもせすん、結びは「すず」と付いていたそうだ。

それでは次回の投稿まで、ごきげんよう。

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