まだ死ねず透けるまで米研ぐ(地野獄美)

まだ死ねず透けるまで米研ぐ(地野獄美)

第十八回鉄塊鍛錬句会投句作品。

わたくし、この句がめちゃくちゃ好き。ほんとにいいですね。生きることの苦しさ、やり切れなさ、でも生きなきゃならないから、喰ってやるぞという決意のようなもの、土臭い強さ。それでいて感受性が豊かすぎて繊細である感じも鮮やかに浮き上がっています。

泣きたい気持ちのときも、家族がいると台所に立たなくてはならなくて、そのことがほんとに辛くも有り、同時に救いでもあるんですよね。

涙をこらえて、いつもよりも荒い動作で、自棄のように米を研ぐ。

この「米が透ける」っていう表現。お米に真剣に向き合ったひとでないと出てこない表現と思います。

たまに手伝う炊事じゃない。機嫌がよくてもわるくても、淡々と台所に立つ人間だけが知っている、繊細なうつくしさです。

気持ちを殺して、米を炊いて、おかずを作る。

そんなふうでもごはんは熱々に炊き上がるし、おかずも、たとえば生のままでは喰えたもんじゃない肉や野菜が、火が通る過程で、あたたかく、柔らかく、甘みも増し、食べられるようになる。

苦行を通り越すと、料理は癒やしになります。

長年料理が嫌いだったわたしは、そのことに気付いたのち、少しずつ料理が好きになりました。

食べること、生きることに、改めて襟を正して向き合いたくなる佳句です。

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