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君がいて僕は嬉しい①

寝ていたら起こされたという感じだ。とても明るい、気持ちのいいところで目覚めた。目を開けるととても真剣な表情の佐伯君が立っていた。
「あら?」
「起きた?おそらくずいぶん長く寝ていたんだよ。気分はどう?」
「それが…ちょっと信じられないくらい気分がいいの。端的に言って気持ちいい。びっくりだわ。だってね、私気分がよかったことなんて生まれてから1度もなかったんだもの」
「それは…寝ているときも?」
「わかんない。だってその時寝ているもの」
「まあ、そりゃそうか」
私は急に汗をかきだした。息苦しいほど、鮮明だった。見るもの、聞こえるもの…自分の一番外側、肌が晒されている空気…何もかもドキドキするほど鮮明なのだ。そして、佐伯君がびっくりするほど綺麗だ。どうしていいかわからなくて、触ってみようと、マスクをした佐伯君に唐突に顔を近づけた。寝起きであったせいか、何にも頓着せず、佐伯君に顔を近づけた。
「あっ」
「なによ?」
私がそう言うと、佐伯君は目を一度伏せ、そしてまた上げてから、毅然した態度で語り出した。まるで何もかもやり直すみたいな感じで。
「この部屋はとても遠くかった。ドアも隠されていた。途方に暮れたよ。もうダメかもしれない。諦めるべきなのかもしれないと何度も思った。諦めたほうが俺のためだとも思った。怖くて死んじゃいそうだった。そしてね、会いたがってることを隠したことを後悔した。俺はどうして隠してしまったんだ?困らせたくなかった?それもある。きっとダメだって言う?それもある。たくさんあった。
ドアが見つからないとうろうろしながら、世界には言葉にするしかないことがあるということ、いつも自分の欲望を大切にするべきであることを苦しく痛感した。ずっと歩いていたら疲れてきて、なんだか怒りが湧いた。憎しみみたいなものも少し感じた。俺はもう殴ってやろうと思いながら歩いてた。
目を覚ませ!誰かの痛みは俺の痛みじゃない!そうぶつぶつ呟きながら。
するとピンクのドアが現れた。ゆっくりと頷く古風な若い女の子みたいなヒマワリが延々広がる山の斜面にそのドアは出現したんだ。乾燥した空気が熱くなっていて、空はすごく小さかったよ。スイス映画で見るような光景だ。アル中で首を吊った老人がたどり着くドアっていう感じ。俺は怒った顔で殴りかかるみたいにドアを開けた。わからないが大声で叫んでいたかもしれない。ドアはギイっというノイズバンド風の音を立てて開いた。
そして君が寝ているのを見つけたというわけ。つまり、ピンクのドアはこの部屋のドアだったんだ。
やあ、君が起きて、俺はとても嬉しい」
 起きた…そうだ、私は今起きた。けれどおかしな気持ちだ。過去私は起きていたことなどあったっけ?確かにずっと苦しかった。ずっと力を込めて目を閉じていた。開けたくなかった。さみしいけれど、このままでいい、そんなふうに逃げるように寝ていた。
 「起こしてくれてありがとう。私起きてよかった。すごくよかったって思う。とても気持ちいい。佐伯君、キスしてもいい?」

空から一気に降り始めるみたいなセミの声、大学の授業終了の鐘の音を二人で聞いたと思う。了解、納得、合意、そんな感じでキスをした。ありがとうね、と繰り返しお礼を言い合うみたいなキスだった。

小説を書きながら一人暮らしをしています。お金を嫌えばお金に嫌われる。貯金額という相対的幸福には興味はありませんが、不便は大変困るのです。 ぜひ応援よろしくお願いします!