連載小説。①仮題:「網代裕介」

(今書いています。
具合もよくなってまいりました。イントロダクション、読んでね)

「網代裕介」

 以前は夫がいて、黄色いセキセイインコとトラ柄のメスの猫の世話をしながら暮らしていた。

 空気は黄色っぽくて、少し濁る。性格の明るいインコの鳴き声や食器と食器のぶつかる音、夫の背中の向こうのテレビからゲーム音楽が流れている…私の暮らしだ。通学路のような日常的なもの。怖さなどないはずの暮らし。けれど、今思い出すと怖くなる。当時は怖さが隠れていただけだろう。

 私に栓がされている。自分がそこから遠ざかったはずなのに、彼らが私から退いていく。形も変えず、歳も取らないまま古びていく、遠のいていく。あれは水の中のおとぎ話だったのかと思う。とてつもなく怖いおとぎ話だったのか。

 パーキンソンで動けない父、表情も動かない父を後部座席に横たわらせて、自分勝手におしゃべりしつつ、いつもお洒落な服を着た母が運転をする、小さい赤いダイハツが走っている。母はひどい目に遭っているという気持ちで、動悸を抑えながら車を走らせる。

 すぐそこにダイハツが来ている。恐らくインコも猫も、夫も母に殺された。シャッターを閉めていたというのに。

 

 当時、夫も私もよく値段の高い服を着ていた。長袖のベージュのカットソー。普通よりもいいもの。けれどよく見るとたくさん食べこぼしのしみがついている。

 土木工事の監督をしていた父がキャビンマイルドを吸いながら、乱暴に言うのだ。いい加減諦めろ。運命っていうのは諦めるもんだろう。父はイタリア製のポロシャツを着ている。母がデパートで買ってきたもの。父も内心とても気に入っているのだ。

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小説を書きながら一人暮らしをしています。お金を嫌えばお金に嫌われる。貯金額という相対的幸福には興味はありませんが、不便は大変困るのです。 ぜひ応援よろしくお願いします!