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冷えきった夫婦にお茶漬けを

わたくしたまちゃんが心動いた映画を勝手に紹介するコーナーです。
映画が趣味といえるほどでも、評論家でもありませんし、あなたの心に響くかはわかりませんが、どうぞ。
(ネタが重要な映画ではないと思ってますが、ネタバレがいやな方は読まない方が安全です)

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本日は、『お茶漬けの味』(小津安二郎監督/1952年)です。
あなたには愛する妻や夫がいるだろうか。
今やいろんな夫婦のかたちがある。夫婦間で契約書を作って事細かにルールを設定したり、遠距離夫婦だったり、事実婚、別居、離婚を選択する夫婦。
心模様となるとさらに百人百様。すれ違ったり、分かり合えてる気がしなかったり、形ばかりだわ、と思いながら、それでも同じ屋根の下で暮らしている夫婦。
うまくいっている時はいい。だけど一度心が離れてしまうと「この人とは永遠に分かり合えないのではないか」などという気がしてきたりする (我が家の話は置いておこう……!)
これは1952年の映画で60年以上前の夫婦が描かれているんだけど、なんだか時代は変わっても世の中は繰り返しなのだなあという妙な感覚をもってしまう映画だ。


エリート会社員だけれども長野出身で質素さを好む夫(茂吉)と、上流階級出身の妻(妙子)。女中もいて、一見 、裕福な生活を送っているふたり。
妙ちゃんがそれはもう旦那さんに対してツンツンしているのだ。
女友達と旅行に出かけた先では「もっそりしてる」「鈍感さん」と呼んで小馬鹿にして笑いものにしている(ひでぇもんだ)。友人たちと紛らわしているものの妙子の表情は時々かげる。
夫婦の分かりえなさ、結婚生活のむなしさがたんたんと描かれていく。

妙ちゃん、笑いあって歌いあって共感しあっていた学生時代からの友人にもわがままね、と言われてしまう。
「あんた、なにからなにまで自分の思う通りになんなきゃ気に入らないのよ。スカートだってだんなさまだって同じなのよ、勝手なのよ」
「分からないのよあんたには」そう言って去っていく妙子。

分かり合えると思っていた女友達とも分かり合えない部分があることを知る妙ちゃん。淡島千景 演じるアヤちゃんもまた別の寂しさを抱えているのだけど。
それぞれが感じる夫婦の寂しさ、それぞれの孤独。
(ちなみに女友達同士の軽快で小気味良い掛け合いシーンはすごくいい)

「しかし……どうしてことごとにそうなんだなあ」
夕ごはん刻、うっかり飯に汁をかけて食べる姿を怒られた茂吉は、
自分について知ってもらおうと話し始める。
好きなタバコの銘柄、安いばかりじゃなくてうまいから好きなんだってこと、昔から吸ってるアサヒが気が置けなくて親しみを感じているってこと。
茂吉「これは結局ぼくの育ちの問題になるんだけど」
妙子「あい、すみません、あたくしそんなふうに育っておりませんの」
茂吉「いやあぼくのことだよ、君は今のままで構わないんだ、君がアサヒを吸ったらおかしいよ。誰だってそれぞれ身についたものがあるんだ」

それぞれ好きなものがあっていいじゃないかと歩み寄る茂吉。
嫌なものはいや、と受け入れない妙子。

わかる……わかるなあ。どちらの気持ちも。
他人同士の共同生活とは苦しみでもあるのだ。飯をかきこむ姿が下品だ、箸の持ち方がきたない、脱いだ靴下が床に落ちている(茂吉はそんなことしてませんが)。どうしても目に入ってしまう。これまで善いとしてきた習慣や価値観が脅かされるような気持ちになったりする。海のように広い心を持てたらどんなにいいか…と思うのだけど、やっぱり嫌なものはいやだ。
気にする方と気にしない方の戦い。わたしはどっちかっていうと文句を言い出す妙ちゃん派だ。レベルによるけど。

だから、なにが好きで、何が嫌いで、どんな愛情表現をしてもらったら満たされるのかお互いに知る。そして少々の譲り合い。共同生活にはこれが必須だと思うのだけど、夫婦とはいえ、知り合えているようで知り合えていない(たいてい日々の雑事に追われている)。

茂吉は妙ちゃんを責めません。自分を開示して歩み寄ろうとする茂吉の愛を感じるこのシーン、とても好きです。でもことごとくはねのけられる。もはや妙ちゃん、茂吉のやることなすこと嫌。

対照的に見えるふたりだけど、あることがきっかけに距離が縮まっていきます。(はっきり言ってごくシンプルなので、別に書いてもいいと思うんだけど、まあ良かったらAmazonででも観てみてください)

最後には妙ちゃんがあれだけ嫌っていたものを受け入れる。
きっと一番満たしたかったものが満たされたからなんだろう。

夫婦の関係性なんて小さなことの積み重ねだから、妙ちゃんばかりが勝手だったわけじゃたぶんない。そういうことってあるよねえ、ってしみじみ思うのだ。ついつい素直さを相手に絶対みつからないような奥底に隠してしまったり、寂しさを怒りに変えてしまったり、相手に歩み寄るよりも、こっちに歩み寄ってほしいと願ったり。あれ、私たちこんな夫婦になりたかったの?と愕然としたりする。

そんな夫婦は、ぜひ一緒にこの映画をみてみてください。
そして、ぬか床を一緒に作るのもおすすめです。

余談だけど、女中さんがいる家っていいなあ。


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小津安二郎さんは、日本を代表する映画監督、ご存知の方も多いかもしれないですね。
白黒だし、派手さはないけど、歳を経たから味わえるようななんともいえない日常が描かれてます。
観たことない方がちょっとでも興味をもってもらえたら嬉しいです。
お読みいただきありがとう。


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