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生還7・抗がん剤治療開始の前日。CVポート留置手術


ただいま手術中……

二度目の入院は9月の半ばでした。
今度はあらかじめ決まった入院で、5日間で退院予定だし、前回の入院グッズにストーマ関係の物だけ足せばあとはそのまま使えるので、慌てることなく準備できました。物理的には……。
とはいえ、8月末に退院して以来ゆっくり考える時間がとれたこともあり、心の準備もそれなりには整っていました。

初日はCVポートの留置手術です。高カロリー点滴や輸血のときと同じように、抗癌剤の点滴に使う中心静脈ルートのカテーテルを入れるですが、違うのは針を刺すためのポートという器具を皮下に埋め込んでおく点。これを埋め込んでカテーテルと接続しておくと、ルートを確保するためにずっと針を刺しておく必要はなく、46時間持続点滴する5-FUを自宅で抜針することもできて大変便利だから、と教えていただきました。
私の場合は、首の右側静脈からカテーテルを入れて心臓付近までのルートをとり、同じく右側鎖骨下あたりに埋めるポートと接続するタイプになるそうです。ストーマに続いてCVポート留置……。最初にイメージしたのは「サイボーグ化」でした。マシンの類いではないとはいえ、無機物を体内に埋め込むわけですから、本人はいたってまじめに「サイボーグだ~」と。
ストーマはむしろ体のほうが外に出ているのですが、常時無機物が接続されているというのも結構な事態です。それが体の中に何物かを埋め込むとなると一気に何かのラインを超える気がします。もちろん、ペースメーカーなどとは一緒にできないでしょうけれども。

この手術はストーマの時の手術室でも、カテーテルの時の部屋でもない、特殊な処置室で行われました。
ドクターが画像を見ながら静脈に管を挿入する、というところは高カロリー輸液の時と同じですが、CVポートは皮下に埋め込むのですから、当然切開します。メスを使うか否かという点で、明らかに前回のカテーテルとは異なる「手術」なわけです。
おお! まさしくサイボーグ手術! 闇の組織が秘密裏に行う、あの!
だから外科病棟直結の大きな手術室ではなく、病棟と検査センターの間にひっそりと配置された特殊な処置室で行われるのですね! ……という妄想は、結構楽しかったです。
それはさておき、いくら手術といっても局所麻酔下で処置を受けるわけですから、感覚的には先月のカテーテルの時とそんなに違わないだろう、と思っていました。

違いました。
まず、「切る」のって「刺す」のとは全然違います。
さすが「手術」でした。
全身麻酔で受けたストーマ造設手術のときには知る由もなかった「手術」の世界が垣間見えたのです。

処置台の上で横になると、色々な装着品が付けられ、覆いものが幾重にも被せられました。このあたりから、先月のカテーテル挿入とかなり様子が異なってきます。最終的に頭のてっぺんまで覆われて、視界は完全にふさがれたのです。そして「じゃあ、麻酔しますね」と、先生自ら入念に消毒し、チクッ、と。これを何度か繰り返すのですが、この注射が痛いうちはまだ麻酔が効いていないということですね。もっともこの程度はもはや「痛い」とは言いません。もともと注射自体はそれほど苦手ではありませんし、この病気になってから相当な数の注射を受けてきたのでだいぶ慣れました。それに、コロナ禍で真っ当な診察を受けることができなかった一ヶ月間耐え忍んだあの痛みやら、術後の背中と腰の痛みやらに比べたら、これくらいの注射、もう、あなた。あと10本くらい刺して頂いても全然平気ですわよ。
――なんて、余裕綽々だったのはここまでです。

麻酔が効いてくれば、当然痛みはありません。しかし、人間には痛覚以外の感覚が備わっていたのです。そう、普段は考えもしないで使っているその「当たり前」な感覚の存在を、思い知ることになるのでした。
全身麻酔で完全に意識がないときは、痛みはもちろんのこと五感のすべてが休止していました。ところが今回は、意識がはっきりしています。もっとも、五感の中で味覚はこの場合関係ありませんし、覆い物があるので視覚も封じられていますが、聴覚、臭覚、痛み以外の触覚は健在なわけです。

聞こえてくる物音のうち、ドクターを中心としたスタッフの会話で飛び交う専門用語は9割意味がわかりません。しかし、複数の機械音は聞き分けられます。さらに、不思議なにおい。少なくともただの刃物でちょっと皮膚を切った時に漂うにおいではありません。薬品ともちがう気がします。ひょっとしてこれ、肉のにおい? 電気メスを使うと焼肉とか焼き魚みたいな匂いがするのかもしれませんが、今、それを使っているのでしょうか? それとも人間って、皮膚を一枚めくるとこういうにおいがする組織でできているのでしょうか?
T先生は時々「痛くないですか?」と訊いてくださいますし、会話はできます。ですが、手術工程の詳細を尋ねる勇気はありません。おおまかに聞いた内容を想像するだけで、ド文系には充分です。うーん、でもいっそ聞いたほうが余計な想像はしなくて済むのかも……。いつか医療系のお話書くかもしれないし、だったらこれはまたとない取材のチャンス……
いやいや。
やめておきましょう。少なくとも、今はやめておきましょう。
というのも、この「痛くないですか?」に連動してT先生の手の動きが感じ取れるのですが、察するにこれはポートを皮膚の内側へ押し込んでいる過程。そうなんです、痛くはないんです。でも、ゴリゴリというか、グリグリというか、そういう感覚は分かるのです。ここで発揮されるのがド文系の想像力。前章までに「手術なんてファンタジーの領域」と表現していましたが、今回「サイボーグ手術だ!SFだ!」とジャンルチェンジしました。そこへ今、「スプラッターホラー」が加わろうとしています。
……書きませんよ。敢えて。
書きませんが、このときの私の頭の中はモザイクでいっぱいでした。スプラッターホラーを観ると、実際に自分は痛くないはずなのに痛い気もちになりますよね? このときの私はまさにそんな感じなのでした。
これは余談ですが、麻酔していても感覚がはっきり分かるほどですから、T先生はかなりの力をかけています。なんとなく、手術ってソフトタッチで行われるもの、というイメージがあった私。人間の体組織って、あまり強い力で押したり引いたりしたらいけないんじゃないか、と思っていました。しかし実際のところ、大人の男性が結構な力加減でゴリゴリしているのです。体外で活躍する「ちょ~」を見たときも思いましたが、人間の体って案外丈夫にできているんですね……。

実は後日、この処置について保険の申請をしたときに「手術にあたるかどうか微妙」と言われたのですが、これは保険金がおりるおりない、の問題ではなくて、非常に大事なことなので言っておきます。
手術です!
たしかに全身麻酔を必要とする手術と比較したら「小手術」なのでしょう。でも、間違いなく手術です。カテーテルの挿入までは、手術ではない処置だとしても、ポートの埋め込みは手術です。切って、開いて、ゴリゴリして、埋めて、閉じるんですから。スプラッターホラーなんですから!
無論、結果は手術として扱われました。外科のドクターがメスを手にしたのだし、当然ではありますが、これが手術ではないとは言われたら暴れるところでした。
それにしても改めて、ドクターという職業の方々は本当にすごいです。この世のどんな職業も、プロとして技を極めるのは大変なことですし尊敬に値します。その中でもドクターの「すごさ」はやっぱり少し独特です。このことについてはまた改めて綴りたいと思います。

さて、そんな手術も無事に終わり、ストーマとポートを持つ私は若干サイボーグっぽい感じになりました。頸部に管が通っているので頭の向きを変えるたびに少々違和感があり、水を飲むときにもつかえるような感じで飲み込みにくく、またポートも、ぶつけたりしたら痛いのですが、思ったよりもすんなり体に馴染んでいます。ただ、ここに針を刺して点滴するのですから、当然見ればすぐ分かるようにポート部分は盛り上がっていて、視覚的には結構インパクトがあります。しかし、これはほんの序章。いよいよ、このCVポートを使って化学療法が始まるのです。

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