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失くなっても無くならないもの

私には4歳上の兄がいる。

大学院進学を機に
実家を出た兄は

その後同い年の彼女と結婚し
東京で暮らしてきた。

私が兄やお義姉さんと会うのは
二人が年に一度
京都の実家に帰ってくる年末年始のみ。



そんな兄とお義姉さんが
20年連れ添ったのち離婚したと
母から聞いたのは一昨年の年末。

人生何があるか
わからないものだ。

私にとってお義姉さんの好感度は
絶大だったものだから

突然にもう顔を合わすことがなくなった
という寝耳に水の事実に
私は驚きを隠せなかった。



コロナ禍になってから私まで
滅多に顔を合わすことがなくなった両親。

昨年のお盆に帰省してみれば
特に母が年老いたように見えた。

兄は遠く離れた地にいて
こどももいない。

両親が逝ったあと兄も逝ったら
どうなるんだろうと

こどもの頃には毎年お盆とお正月に
家族で参っていたお墓のことが
急に気になり出した。

血の繋がり以上に大切な繋がりも
あるものだけれど

ご先祖さまからの
繋がりがあるからこそ
私が今ここに生かされているのも事実。

その感謝の気持ちを表すためにも
20数年できていなかったお墓参りを
昨年末することにした。



脚が少し弱くなった母は留守番。
運転免許を返納した父と二人
大阪の駅改札口で待ち合わせする。

そんな日に限って
前夜降った雪の影響で

私が自宅のある滋賀から使う路線は
大幅に運休となり

普段なら新快速電車に乗るところ
普通電車しか動いていないとのこと。

普通電車に乗ったら乗ったで
前の電車がつかえていて
度々速度を落としたり停車したりする。

父を待たしてしまうなぁと
気にしていたところに
車掌さんの車内アナウンスが流れた。

「後から来ます新快速電車と
 どちらが先に大阪に着くかは
 まだ決まっておりません。」

え、新快速電車来るの?
でも決まっておりませんって。。。

初めて聞くアナウンスに
困惑しつつ笑えてくる。

わからないなら
どうにもしようがない!

流れに任せそのまま乗っていたら
いつもよりはずいぶんかかったものの
最短時間で目的地に到着したようだ。

再度車掌さんから
「電車遅れまして
 申し訳ありませんでした。」
とアナウンスが入る。

いやいやいや
遅れたのは雪のせい!

変なプライドがあり
自分のせいじゃないのに頭を下げることが
どうも苦手な私は

車掌さんのこの言葉にむしろ
「運転してくれてありがとう」
と感謝の気持ちが湧いたのだった。



待ち合わせした改札口で父と落ち合い
電車を乗り換え30分ほど一緒に揺られる。

さらに初めての路面電車に
30分ほど乗ってようやく
お墓のあるお寺の最寄り駅に到着した。



こどもの頃の記憶はどんどん薄れ
ほとんどのことを
覚えていない私だけれど

電車を降りて
父について歩いていくと

かすかに見覚えのある看板が
目に入ってきた。

こどもの頃家族4人
車でお墓参りに行くとき
お供えのお花を買うため
必ず立ち寄っていたお花屋さん。

車酔いしやすかった
こどもの頃の私は

車のシートに横たわって
窓からその看板を
見上げていた気がする。

お花屋さんに着いて
仏花を3つ頼むと

父が財布からお金を出そうと
している間に

お店のおばちゃんが
包装紙でお花をひとまとめにし
私に手渡してくれた。

それを受け取った瞬間

新品の折り紙の匂いを濃くしたような
その包装紙の匂いが

嗅覚からも懐かしい記憶を
鮮明に呼び起こしてくれた。



お花を用意したら
あとはお目当てのお寺に
向かうだけなのだけれど
ゆく道にお寺のまあ多いこと。

半歩先を行く父の様子を見ながら
「ここだったかな?あ、違うのか。」
と、いくつものお寺の前を通りすぎた。

「ここや。」
と父が言って身をかがめながらくぐった
入口の低さが

また私の記憶の扉を
一つ開いてくれた。

昔はそのまま通れたお寺の入口を
私も父と同じようにしてくぐる。


お寺の奥さんにご挨拶してから
バケツに水を溜め
ひしゃくとタワシを持って
墓石へと向かった。

その並び方にもなんとなく
見覚えがある。

ご先祖さまの墓石に水をかけ
タワシで磨くと
少し溜まっていた土も流れて
綺麗になった。

お花を供えたら
お線香の出番。

しかしお線香の塊に
マッチで火をつけるのは
なかなか至難の業だ。

風で何度も吹き消されながらも
6本あったマッチを1本残したところで
なんとかやり遂げた。

こうして本当に久しぶりに
ご先祖さまに
手を合わせることができた。


お寺をあとにして
待ち合わせした駅まで戻る。

もう昼も過ぎているから
駅地下のレストラン街で
二人でランチすることに。

出先で父と二人きりでランチなんて
人生初の体験で
非常に印象深い出来事なのだけれど

中華料理を食べながら
そのとき父が話し始めた話に
料理の味が全く印象に残らないほど
私は度肝を抜かれた。

なんと一昨年独り身になった兄が
再婚するかもしれないという。

お相手は兄より24歳年下。
私には20歳年下のお義姉さんが
できることになる。

やっぱり人生は
何があるかわからない。

独り身で遠く離れて住む兄の行く末を
少しばかり心配していた私としては

なんだか
してやられたような気分。

兄がもし知ったら
余計なお世話だと怒ることだろう。



実際に会ったこともない
目には見えないご先祖さまとは
血縁という確かな繋がりが
ある一方で

目には見えないもので
確かな繋がりを感じる人との
出逢いもある。

生きていく中で
出逢いはたくさんあり

すべてをずっと良き関係で
続けていくことは

人と出逢わずに生きていくのと
同じくらい難しい。

自然と疎遠になっていくことは
山のようにあるし

自らあえて選択する別れもあれば
自分の意に反して訪れる別れもある。

それはときに
大切な人との別れかもしれない
と考えると怖くもなる。

でも目には見えない
ご先祖さまと同じで

私がその繋がりを信じていれば
ずっと繋がっていられるご縁も
きっとあるはず。

そして人との繋がりは
思い出の記憶と同じ。

たとえ薄れたり失くなったとしても
繋がりがあったことは
私の中から
消えて無くなるわけじゃない。

すべては今とこれからに
繋がっているから
怖くても進んでいこう。

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