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#1 逮捕

「知ってる?あの太陽の光が地上に降るまで、約8秒掛かってるんだよ。」

銀縁メガネを掛けた自称大学教授は言った。
MDMA(違法幻覚剤)を自身が働く大学構内
で精製、無料配布していた罪で10年の懲役、
2年の禁錮刑を食らったらしい。

毎日憂鬱だ。
何で俺はこんなとこにいるんだ・・
こんなはずじゃ・・・
いつ、出れるんだ・・・・。

歪んだ顔で見上げた空は、
金網越しの青空だった。


逮捕!!

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2017年 木枯らしが吹き荒れ、
肌寒くなった11月初め。
私は出張で神奈川の某ビジネスホテルに
宿泊していた。

出張とは名ばかりで、特殊詐欺グループで
扱っていたシノギがあり、何日間か関東に
滞在していた。
(シノギの詳細は後述)

用語:シノギ(しのぎ)
主に裏社会での収入を得るための経済活動、
手段として言われている。裏の仕事。


今回のシノギも順調に進み、
設定した目標を無事達成できそうだ。
日課である報告を終え、
明後日には関西に戻れそうだな、
そんなことを考えながら寝てしまっていた。


・・・・・・・

部屋のインターホンで目が覚めた。
寝起きで頭は回らず寝ぼけていたが
すぐ2回目のチャイムが鳴る。
ふと同時に時間を見た。

夕方か?いや、違う
まだ早朝、7時3分前だった。
それを見て嫌な予感がした。

「まずい、警察だ。」

すぐに目が覚めた。
起こした行動は詐欺で使用していた
ガラケーのSIMカードを抜き洗面所に流した。
(詐欺グループとの発着の履歴等があるため)

ホテルの階数を思いだす。
8階だ。ここから飛んで到底生きれるとは
思えない・・・

鼓動が激しくなっているのが分かる。
それ以上は正しい判断が出来ず
完全にテンパっていた。
警察でないことを祈るばかりである。

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しかし次の瞬間、扉の錠が回りドアが開いた。
スーツやスポーツジャケットで
身を包んだ大人たちがなだれ込んできた。

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「はい、動かない!警察だよー!」

「なんですぐ出なかったの?少しお話
付き合ってもらえる?」


「・・・・。」

寝起きで髪もボサボサで
Tシャツにパンツ1枚だった私は
驚いて訳が分からないという顔を作った。

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ホテルにただのガサ入れなんて
来るわけないし、この時間だ。
もう逃げられない・・・。

そして白い手袋をはめた刑事が笑顔で
「君は“特殊詐欺”の容疑者だ!!」と言った。

縦に折られた1枚の紙を取り出した。
判子のようなものが押してある

「君の名前、生年月日であってるよね?」
逮捕状だ。


「・・・・。」
何も言わなかった。
念の為こういう場合の対処法の
先人に教育は受けていた。

とにかく喋らない、弁護士を早くつけること。
逮捕状が出ているので逮捕はどの道されて
しまうが、まだ起訴・不起訴や起訴された
場合に自分が不利にならないよう自分の判断
では何も喋らないほうがいいと言うことだ。
場合によっては相槌だけで認めたと言われる
ケースもあるらしい。

対処法、と言えど対処できるかは
分からない、が下手に否認したところで、
状況は悪化をたどる。


「えー、7時◯分、詐欺罪で通常逮捕だ!!」

刑事はポケットから黒色の丸い金属の
輪っかを取り出し私は手を
引っ張られて手首に掛けられた。


その瞬間、思い浮かんだのは祖父母の顔だ。
高齢者を騙しておいてなんと都合のいいことか、死に目に会えないかもしれないと思い辛くなった。


他の私服警官は持っていたスーツケースや
部屋の設備からベッドなど隅々まで調べだした。

「じゃあ署に帰って話そうよ!お前とは年齢も近いし気、合いそうだな!」
嬉嬉として笑顔を見せた刑事だが
その目は一切笑っていなかった。
そしてどうみても30代後半だった。

私は着替えて、ホテルの従業員専用通路を通り
ホテルを出て刑事と共に
外の黒色のマークXに連行された。
後方にはツートンカラーの
パトカーも数台いて、見物人も数人いたと思う。

空はもう明るくなってきていた。
夜明けの横浜の街を眺めた。
澄んだ綺麗な青空だった。

その時にはもう、考えることをやめていた。









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