悪い子善子ちゃん
悪い子じゃないんだけどね、という言葉に、善子ちゃんの全てが集約されている。
吉田善子ちゃん。大学生になったばかりらしくて、私の二つ下。太ってる訳じゃないけど大柄で、元気いっぱい。レジに立つと、いらっしゃいませの声が大きすぎてお客さんが驚いて、品出しをすると、勢い余って商品を落としてしまうような子だ。
そんな感じだから、パートの人が彼女の陰口を叩く際、たいてい最初か最後に悪い子じゃないんだけどね、が付く。
でも、私はそういう善子ちゃんが好きだ。仕事はともかく、笑うと場が明るくなって、喋ると楽しい。バイト仲間の中で一番好きだ。
だからさっき真っ暗な路地裏で、善子ちゃんが血まみれのビール瓶を持ってるのを見た時、人違いかと思った。
「善子ちゃん?」
思わず呟くと、彼女ははっと振り向く。人違いじゃない、善子ちゃんだ。そしてそのハリのある頬も血で汚れていた。
慌てて駆け寄って、どうしたのとティッシュで拭く。配られてたのを貰って良かったなと思ったのは生まれて初めてだ。
「大丈夫? 何があったの?」
心臓がばくばくする。善子ちゃんは大柄だけど、ちゃんと女の子だ。そういうトラブルとか犯罪の被害に遭ってもおかしくない。そうじゃなくても、何か暴力事件に巻き込まれて、とか。
呆然としていた善子ちゃんは、私が揺さぶると次第に表情を曇らせていった。大丈夫だよ、怖くないよと背中を擦る。ネイルが服に引っかかって少し申し訳なくなった。
「あや先輩、違うんです……」
「なにが?」
善子ちゃんは、叱られた小学生みたいに肩を縮めている。それから下を指差した。つられて見てみて、うわ、と反射的に後ずさる。頭から血を流した大人が転がっていた。
戸惑って、善子ちゃんの顔を見上げると、ガチガチに強張っている。もう一度事情を訊こうとしたとき、善子ちゃんが口を開いた。
「私、殺し屋なんです」
【続く】
おいしいものを食べます。