岡ユ

楽しんでくだされば嬉しいです。/小説はすべてフィクションであり、実在する諸々とは関係あ…

岡ユ

楽しんでくだされば嬉しいです。/小説はすべてフィクションであり、実在する諸々とは関係ありません。

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  • 小説

  • 逆噴射小説大賞応募作

最近の記事

悪い子善子ちゃん

 悪い子じゃないんだけどね、という言葉に、善子ちゃんの全てが集約されている。  吉田善子ちゃん。大学生になったばかりらしくて、私の二つ下。太ってる訳じゃないけど大柄で、元気いっぱい。レジに立つと、いらっしゃいませの声が大きすぎてお客さんが驚いて、品出しをすると、勢い余って商品を落としてしまうような子だ。  そんな感じだから、パートの人が彼女の陰口を叩く際、たいてい最初か最後に悪い子じゃないんだけどね、が付く。  でも、私はそういう善子ちゃんが好きだ。仕事はともかく、笑う

    • ゾンビ、PA、立てこもり

      「すごーい! 食べ物の自販機とか初めて見た!」  アキはロングドライブの疲れも忘れてはしゃいだ。一足先に簡素な長椅子に座った冬子は、右脚を擦りながら言う。 「アキ、早く決めちゃってよ」 「えー、でも、なんか新鮮で」  あ、ホットスナックっていうのもあるよ!アキの高い声が、大きめの物置みたいなパーキングエリアに響いた。冬子はあくびをして机に上半身を預ける。冬子はさっきから食事を選ぶのも面倒で、アキに一任しているから、彼女が決めないことには始まらない。 「ポテチみたいな

      • バーチャル百合

         真っ暗な室内で、ディスプレイの灯りだけが煌々と眩しい。そこのデスクランプでもシーリングライトでも点ければいいのだが、こっちの方が雰囲気が出る。 「秋山紅葉……」  わたしは無理して低く呟いた。そのせいで喉が痛むが気にしない。見つめるパソコンの中で喋っているのは、真っ赤な髪と黄色の目をした、可愛い3Dモデルだ。秋山紅葉。このVtuber戦国時代の中で、一目置かれている新進気鋭の個人Vである。そして、わたしがひそかにライバル視している存在だった。  わたしの名前は海崎みな

        • 魔境猫島

           猫好きが集まる島、それが猫島だ。おれの同僚も先週金曜、わざわざ有給を取って、三連休にして出かけていった。犬派のおれは、はははいってらっしゃい、と軽く見送ったが、今朝になって変てこなニュースが飛び込んできた。 『……コメンテーターの田貫さん、どう思われますか? この、人々が猫島に吸い込まれているという……』 『やっぱり現代人は疲れてますからね、癒やしを求めて、でしょう』 『でも、この人数ですよ?』  先週の土日で、猫島への観光客が急増したというのである。現段階のデータ

        悪い子善子ちゃん

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        • 逆噴射小説大賞応募作
          5本
        • 小説
          6本

        記事

          六月の夫

           新メニュー、あじさいのかき揚げとかどうかな、と紗栄子に言われて、幸はうーんと首を捻った。 「毒があるって聞いた気がする」 「うわ。じゃあ駄目だね」  紗栄子は肩を竦めて猪口を傾ける。でも良いアイデアだったよと励ましながら、幸は茄子のひばり和えを出した。彼女は顔をほころばせ、いただきますと箸を伸ばす。こういう笑顔を見る度、この店を継いで良かったなと思う。  幸が母の小料理屋を継いだのは十年ほど前のことだ。小料理屋と言っても洒落たものではなくて、食堂と居酒屋を混ぜたみた

          六月の夫

          田中助手の時間旅行

          「ついに出来たぞ、タイムマシンが!」  神林博士は嗄れた声で高らかに叫ぶ。棚の中のビーカーすら割れんばかりの声量に、助手の田中は顔を顰めたが、それも気にしていないようだ。 「博士、喜ばれるお気持ちはわかりますが。実証実験がまだです」 「なに、そんなの些細な問題だ」  神林はどこから自信が湧いてくるのか、世界を手にでもしたかのような笑みを浮かべている。田中は溜息をついた。ただ田中も喜んでいないわけではない。にやつく口元を押さえ、早速実験に移りましょうと神林をせっついて、

          田中助手の時間旅行