南歩

 明日は同期の講談師旭堂南歩の年季明け生配信だ。場所は千鳥亭。ゲスト多数。僕もゲストに呼んでいただいている。

 南歩との付き合いは長い。僕は2018年6月に師匠・玉田玉秀斎に入門志願をしてからしばらくの間見習として講談の勉強をしていた。師匠も僕を弟子にするかどうかの判断をされていた時期だ。
2019年3月3日にやっと入門が決まったのだけれど、それと同時に入門してきたのが旭堂南歩だ。
 突然大阪に現れて、突然旭堂南左衛門師匠の元に入門した。元家電量販店のトップセールスマンで、元漫才師、という華やかな経歴。しかも僕より年下。

 無職の経歴と優しい親と親戚、29歳というのっぴきならない年齢をひっさげて入門した僕とは偉い違いだ。

 案の定南歩はよくできる奴で、講談も上手だし、気も利く男。最初のうちは正直警戒をしていた。僕もその急先鋒だった。「こいつは俺のことを舐めているに違いないな」と思っていた。そう思っていた同世代の講談師は多かったんじゃないか。

 初めて南歩とご飯を食べに行った日の僕の日記が残っているので引用してみる。

南歩さんは僕のことをナメている。
初めて二人で食事に行った。
梅田の紀伊国屋書店の前で待ち合わせをして、大阪駅前ビルまで歩いたのだが、その時に南歩君は僕に入門日が同じことを確認をして、それからすぐに僕のことを「玉山」と呼び始めた。
少々驚いた。
僕の方が2つばかり年上だということはまあ、芸の世界のことだから関係ない。
でも同期だからって、まだ会ってすぐの段階で呼び捨てにされる筋合いはないじゃないか。
同期ということは、確かに先輩後輩の関係はない。でもそのあたりのことがフラットだ、というだけで、特にその「同期だ」という事実があるからといって呼び捨ての合意がとれる、という仲でもないはずだ。
そういう距離感じゃないっていうか。
僕たちそんな仲良くないよね。心許し合っていないよね。
そのあと彼を呼ぶときは「南歩さん」で通したが、どうも僕が後輩のようだった。いけすかないやつである。南歩の野郎。許さねえ。暴力ならば負けない。(2019年4月 講談師・玉田玉山の日記より引用)

 と、まあ僕も相当嫌なやつだけれど、警戒している様子がよくわかる。


 しかしながら南歩はそんな自分の置かれている状況を熱心に改善していった。
大体もともといいやつなのだ。それを存分に発揮する。自分に敵意は無いということをアピール。絶妙に距離感をとる芸界遊泳術によって瞬く間に皆に可愛がられる素晴らしい後輩、というポジションを各所で手に入れていた。

実は彼はすべてを舐めている、という可能性もある。が、僕としてはもうすべて舐めていてもいいじゃないか、南歩だったら。という気持ちになっている。この2年で僕は彼を信用したのだ。彼は僕の信用を得るいろいろを僕に供してくれた。おそらくそれは各所でそうなのだろう。
 
 人の信用を得た経験が思い出すだにあまりない僕からすると南歩はすごいことをやってのけたな、という印象だ。

講談もどんどんと覚える。いろんな会に出演する。出演すれば盛り上げる。ネットコンテンツを充実させる。人脈を広げる。地域に根差す。僕のやっていない様々なことを南歩は猛烈に推し進めてたった2年で年季明け、というところまで持ってきた。

 すごい男だと思う。同じ日に入門をしているからよくわかる。僕にできないことばかりをやる男だ。そういう男が同期で良かった、と思っている。
 幸い南歩は会うと楽しそうに話をしてくれる。僕も南歩君からはとても出てこないような口を極めた悪口を一生懸命言って笑ってもらう、などを頑張る。
 あとは私講談「玉田玉山物語」を沢山書く、文章も大量に書く、立川文庫続き読みも沢山覚える、などの物量作戦で他の講談師や芸人、社会に生きる人々との差異を良い方向で出して己の価値を上げていく必要がある。
南歩にとって価値のある同期であるための努力は怠るわけにはいかない。

 「いつか絶対勝つ、どんな方法でも」という無暗な敵愾心無論ある。
これはずっと持っている心だ。敵愾心を持つ相手としてもまた南歩は僕にとって価値のある相手なのだ。
でももし南歩の心に僕への敵愾心が無いのなら涙がでるほど悔しいなあ。
「おのれ…いつか見ておれ…」とさらに僕の敵愾心に炎がたつな。

 まあどちらにしろ僕にとっての価値ある同期旭堂南歩。僕も南歩にとって価値ある同期でありたいと思う。
結果的にそれが講談の世界をもっと面白くするために、まあひいては僕の人生が退屈じゃなくなるために大事なことだと思うので。

 そんな同期模様に着目しつつ、明日明後日の南歩デビューの無料配信を見るのもいいかもしれないですね。このnoteを読んでくださっている方には特に。

 しかし僕も年季明けに向けて頑張らなきゃいけない。
どうやったら年季明けできるかあんまりわかっていないけれど。そのあたりの条件闘争も南歩君は上手やったんよなあ…。すごい男だ。

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