講談師なので『ひらばのひと』を読んでみた

 この度講談を主題に採ったマンガが出版されたので早速読んでみた。
久世番子さんが書かれた『ひらばのひと』だ。
 東京の女流二ツ目講談師龍田泉花を主人公に、弟弟子で前座の龍田泉太郎をはじめ、様々な講談師が登場する、講談、という伝統芸能の世界を生きていく人たちの物語だ。
東京で大活躍されている講談師の大先輩、神田伯山先生が監修に入っておられる。

 僕も講談師という職業に就いている。今年でやっと3年目。まだまだ前座修行中の身だ。
そしてマンガ『ひらばのひと』も前座修行中の講談師の姿が描かれている。

 このマンガ、講談の世界がどんな世界か、を知るのに適したマンガだと思う。
講談の世界がどんな「職場」かわかる。これから「講談師になりたい」という人は読んだほうがいいかもしれない。講談師の生活がかなり描写されている。
これは講談師の僕が言うんだから本当だ。

 師匠の釈台を大体いつも持ち歩いているとか。カラオケボックスに稽古に行くとか(最近緊急事態宣言でカラオケも営業休止しているので結構大変)。タイトルにもなっている「修羅場読み」を毎日やっている。なぜかやたら喫茶店的なところに行くとかも。あと、修行中の私服もだいたいあんな感じになる。シャツと、それに合うズボンと、動きやすいスニーカー。 そういう細かい部分が丁寧に描かれている。自分の所属する業界のことだから読みながらなんだかくすぐったい気持ちになってしまった。

大体自分が少しでも経験したことのあることを題材にした創作物っていうと、リアリティのなさが気になってちょっとがっがりしてしまうことがあるけれど、このマンガはそういったことは一切なかった。
多分かなり綿密に取材が為されているんだろう。こんなに調べてくださって丁寧なお方。という気持ちになった。これは新作講談を作るときなどには僕も見習わなければならない。

 以上の点から今から講談師になろう、という人には一読の価値あり。講談師の世界を覗いてみたい、寄席演芸の舞台裏の空気感に触れてみたい、という方も読んでみるといいと思います。

 とここまで書いてきたけれど、僕はあくまで大阪の講談師。
「ひらばのひと」は東京の講談の世界が舞台になっている。大阪とは、僕のやっている修行とは違うところもかなり多い。

 マンガでは「音羽亭」という戦後唯一残った講談定席がノスタルジーの対象として度々登場するけれど、そういうノスタルジーのよりどころ、みたいなのもあまり先輩方から感じない。

 最近は女性の講談師に会う機会も全然ない。気づけばおじさんばっかり。おじいさんもあんまりいない。
とにかくお付き合いのある講談師は30代から50代のおじさんが多い。僕ももう31歳で青年というよりおじさん。

 また僕は定席の寄席の楽屋で働くことは無いので、落語家の同期くらいの方と仲間付き合いするということも全くない。
 
 演目も結構差があって。
僕の師匠は四代目玉田玉秀斎。その先代が遺した「立川文庫」の連続読みを師匠と一緒にずっと続けている。僕もこの「立川文庫」から毎週1本ネタおろし。これが今までに80本。
さらに新作講談も沢山作って一番沢山作ったのは自分の人生を語る私講談「玉田玉山物語」今までで120本ほど。印鑑証明を取りに行ったけどうまくいかなかった、だの、幼稚園の時に好きだったみどりちゃんとの砂場での問答、だの、トイレを我慢して本当に大変だった、だのを講談にしている。
 
 勿論僕も講談が好きで入門してきているので作中出てきた「那須与一扇の的」「赤垣源蔵徳利の別れ」「鋳掛松」「真垣平九郎出世の春駒(大阪では梅花折り取り、って言われることが多い気がする)」とかはぜひやりたい。が、これは年季が明けてから、という話に師匠となっている。

 いつもお客さんは2人とか3人。新しい人がどんどん入ってくるわけでもない。師匠とYouTubeチャンネルを始めても再生数は20回弱。講談会の告知をしても0リツイート2いいね、とか。業界内でちょっとしたもめ事は起こるけれど、別にこう、大事件ってこともなく。なんだかこう書くと大阪の講談の世界はマンガになるような華やかな世界ではないな。

 いや、でももしかしたら、このマンガをきっかけに講談の世界に興味をもって、大阪の講談に観客として、あるいは講談師志願者として飛び込んでくれる有志が表れて。大阪の講談の現況を変えてくれるかもしれない。マンガはすごいもの。
 そうやって飛び込んできた人をがっかりさせないように、びっくりはさせられるくらいの、そんな芸を身に着けるために精進をしてまいります。と、精進する気になったわけですから、これは講談師にもおすすめのマンガです。

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