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ベクシンスキ好きはサノクへ来たれ

20世紀のポーランドを生きた、ズジスワフ・ベクシンスキという画家がいる。ファンタジー的世界観を舞台に、時としてグロテスクで滅びの美を感じさせる作品を残した画家だ。ある時ふと調べたところ、彼の故郷であるサノクという町に、彼の作品を多く展示したギャラリーがあるという。

これを目的にポーランドに行くのもいいな、と思った。

サノクはポーランド南東部にあり、ウクライナ・スロバキア国境に近い。辺鄙なところである。ロンドンから飛べる近隣の空港は、クラクフかジェシュフ。今回はクラクフから鉄道を利用することにした。サノクまでは片道4時間。

TLK30113「ビェシュチャディ」号

車両は古いが車内は十分快適だ。清掃も行き届いており、よくメンテナンスされているように感じられる。唯一の難点は、窓にサンシェードが無いこと。天気が良い日は、南側の席には座らないことを強く推奨する。

容赦ない直射日光

サノクは小規模ながら、居心地のいい静かな町である。外国人観光客の姿もほとんど無い。ベクシンスキの家があった場所がちょっとした広場になっていたり、中央広場の隅に彼の像が建っていたりと、地元の名画家はそれなりに大切にされているようである。

目抜き通り

件のギャラリーは、現在は博物館になっているサノク城にある。中世には王の結婚式も行われたなど、歴史のある城らしい。ベクシンスキのほかにも宗教画のコレクションなどがあるが、いずれも1枚のチケットで見て回ることができる。

前庭には変哲のない車が一台展示されていた。説明によれば、「ベクシンスキ夫妻の最後の車、トヨタ・カローラ(1993年)」。エキセントリックな絵を残した名画家も、車のチョイスは意外に堅実だったらしい。

カローラ君もこの余生は想像しなかったのではないか

ベクシンスキ・ギャラリーは非常に充実しており、大変満足できた。照明がイマイチで、しばしばキャンバスに反射してしまっているのが残念だったが、現物を見られたのは貴重だ。

悪夢のような荒涼とした世界に引き込まれる

「De Profundis」と名付けられたコーナーがあり、何かと思ったらVRでベクシンスキの絵画の世界を体験できるものだった。ボリュームはやや物足りないものの(3枚の絵をピックアップしている)、ビジュアルやBGMのクオリティ、全体的な雰囲気は質の高いものだった。ベクシンスキの絵の魅力は独特の世界観にあると思うので、VRとの相性は非常にいい。18ズウォティという値段も良心的(現金払いのみだったので注意)。ただ常設なのか期間限定なのかはわからない。

ベクシンスキの絵は想像力を掻き立てる。現実離れしていながらもリアリティがあり、妙な説得力をもって見る者を異世界へ引き込む。

幻想的な世界を描き出す色使いにも注目したい。右の絵はVRにも登場した

個人的には、ベクシンスキの絵の「乾燥した空気感」も好きだ。「滅びの絵を描いてください」と言われたら、ジメジメしたおどろおどろしい絵を描きたくなるのが普通ではないか。ベクシンスキの色使いは対照的に、カラッとしていて軽やかである。そのためか何枚見ても胃もたれしにくい。

混雑しておらず、ゆったりと回れた

ベクシンスキは2005年、友人の息子に殺されて生涯を終えた。ギャラリーには、まさにその日に描き上げたという最後の作品が展示されていた。珍しく図形的なモチーフのその作品は、ちょうど十字架のように見えた。

なお、本稿の内容はあくまで2023年9月時点のものである。

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