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レゾネの世界へようこそ

八王子図書館では現在(2022年7月)1階雑誌架横の展示台で『カタログ・レゾネの世界』という展示を行っています。
ここではレゾネの成り立ちや内容について紹介していきたいと思います。

1)レゾネとは


「カタログ・レゾネ」(Catalogue raisonné)って聞いたことがある人、聞いたことない人いると思います。「カタログ」ならイメージしやすいと思います(展覧会カタログ、など)が「レゾネ」ってなに?という人も多いと思います。

『新潮世界美術辞典』によると、「ある美術家の全作品を時代別、主題別などに分類整理した目録」「また、美術館などのコレクション全作品を収録した目録」とあります。
ウィキペディアによると、「レゾネとは「論理にかなった」という意味の語で、カタログ・レゾネとは、もともとは美術品の真贋根拠の文書として用いられてきた用語である。」とあり、実用的な見地から説明されています。
もう一つ見てみましょう。オンラインサイトartscapeのArtwords(https://artscape.jp/artword/index.php)によれば「類別全作品目録。総目録。ある芸術家、あるいはひとつの美術館やコレクションの全作品のデータを網羅して記した文書のこと。」とあります。
 
説明には「全作品を収録」とか、「データを網羅した」という言葉があり、どこかいわゆる作品集や全集とは違いそうです。では、どこが違うのでしょうか。
 

2)いわゆる作品集や全集との違い


現在では「レゾネ」とは基本的に全作品を網羅している、そして個々の作品についての解説が付いているものを指し、日本語では『作品総目録』などの言葉も使われます。(もちろん○○全集というタイトルでも中身はレゾネというものもあるので、タイトルだけで判断するのは難しいですが)

作品の制作年代や大きさなどの記述の他に、様々な解説が加わります。また、作品集や全集の場合は、収録作品の年代が区切られていたり、全集といっても主要作品のみ収録されている、といった場合もあり、そこに、全作品を収めるというスタンスのレゾネとの違いがあります。
このように、内容の情報量の多さや精確性がいわゆる作品集や全集とは違うところです。

3)記述について


では、具体的に『解説』というのはどのような内容なのか見てみます。
まず、掲載図版についての客観的事項、作品のタイトルや大きさ、制作年、使用している材料についてなどの基本情報があります。
さらに、その作品が出品された展覧会の履歴、所有者の情報、来歴、参考資料などが記述されます。その他に作品についての短い解説を含む場合もあります。

当館所蔵のレゾネは比較的洋書が多く、とっつきにくいと感じることもあるかと思います。
カンディンスキー(Kandinsky, Wassily, 1866-1944)のレゾネは英語版と日本語版がありますので、並べてみます。

左:Kandinsky, catalogue raisonné of the oil-paintings / Hans K. Roethel and Jean K. Benjamin : Sotheby Publications , 1982-1984
右:カンディンスキー : 全油彩総目録 / ハンス・K.レーテル,ジーン・K.ベンジャミン編 : 岩波書店 , 1987.6

日本語と英語で見比べると、どのような形式で記載されているか内容とともに確認できますね。定型的な書き方が多いので、慣れてしまえば分かりやすいとも言えます。レゾネに時折みられる巻末のサイン一覧。これなどは真贋の根拠として作成されていた時代の名残でしょう。

カンディンスキー : 全油彩総目録 / ハンス・K.レーテル,ジーン・K.ベンジャミン編 : 岩波書店 , 1987.6


フランスの画家ピサロのレゾネは3巻本ですが、最初の巻は1/3が解説、残り2/3が伝記、文献、オークションリスト、展覧会、索引で構成されていて、2,3巻目が図版という構成で、関連項目の充実を物語っています。(Pissarro : critical catalogue of paintings 2vols. / Joachim Pissarro, Calire Duran-Ruel Snollaerts : Skira editore , 2005)
 
このように全作品収録のレゾネですが、タイトルだけわかっていて、作品詳細が不明なものもそれとして掲載している場合もあります。(1F展示台右から3番目Cy Twombly サイ・トゥオンブリーのレゾネ参照)

Cy Twombly : catalogue raisonné of the paintings 7vols. / by Heiner Bastian : Schirmer/Mosel 1992-2018


4)高額で完結に時間がかかる


さて、レゾネの特徴の一つに値段が高額なことがあります。1冊で数万円は普通。例えばゼルヴォスのピカソ33巻本のレゾネ(Pablo Picasso , 33vols. / par Christian Zervos : Éditions "Cahiers d'art" , 1949-1984 このnoteの見出し画像に使っています)の場合、当館は1980年代に購入していますが、その当時で1冊6万円から7万円代の金額です。それが33巻ですのでかなりの金額ですね。

なぜそんなに高額になるのでしょう。2)にも書いたように、レゾネは全作品が収録されているのを基本とします。作家のすべての作品を調査して情報を得るには相当の人手と時間がかかるであろうことは容易に想像できますね。
実際、数冊のレゾネでも十数年に渡って刊行されることはよくあること。ゼルヴォスの33巻も完結まで40年弱かかっています。途中で発行所が変わったり、言語違いのものしか手に入らなかったり・・・

以前は海外の出版事情はなかなか伝わりづらく、当館でも買い逃した分を後から購入した、ということも何度かありました。

5)新しいレゾネの形


近年では、webを利用した新しい形のレゾネも登場し始め、レゾネをまとめたサイトも出来ています。

IFAR(International Foundation for Art Research)は美術品に関する学術的・技術的な情報を収集・調整するために設立された非営利団体です。このサイトにカタログ・レゾネに関する項目があり、例えば作家名で検索すると図書のレゾネやそれに準ずるものとオンラインカタログがまとめて表示されるようになっています。
https://www.ifar.org/cat_rais.php

IFARのサイト(レゾネのページ)


1F展示台一番左では冊子体のレゾネとオンラインカタログを紹介しています。

冊子体とオンラインカタログの紹介


今後このような形態のカタログは増えていき、利用者にとっては便利な環境になっていくのでしょう。製作者側も冊子体より修正がしやすいなどの利点があると思います。
 
ここまでレゾネについて説明をしてきました。いかがでしたでしょうか。
関わった人達の苦労が物理的にも感じ取れる冊子体のレゾネ、作家の生きた時代から現代までの長い時間に思いを馳せ、よくぞここまで、という気持ちにさせる力があります。

図書館にはそういったレゾネや作品集がたくさん収蔵されています。好きな作家のレゾネをぜひ眺めてみてください。

*展示図書リスト

Pablo Picasso
Tàpies : The Complete Works
Cy Twombly : Catalogue Raisonné of the Paintings
荻須高徳 : カタログレゾネ
Yoshimoto Nara : the complete works
Ilya Kabakov : Artist Books 1958-2009 : Catalogue Raisonné
Jasper Johns : Catalogue Raisonné of Painting and Sculpture
Francis Bacon : Catalogue Raisonné
A Corpus of Rembrandt Paintings : Volume 6 : Rembrandt's Paintings Revisited - A Complete Survey
The Paintings of Paul Cézanne : A Catalogue Raisonné
(参考)
The Rembrandt Database http://rembrandtdatabase.org/
The Paintings, Watercolors and Drawings of Paul Cézanne https://www.cezannecatalogue.com/ 


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