ゆめの棲家-1〈連載小説1〉

 とうとう、我が家にその日がやってきた。

 あと10年と少し過ぎたら、夫も定年退職して退職金が入る。私がコツコツ積み上げてきた年金型の保険が満期を迎え、そのお金も入る。
 こう言っちゃ縁起でもないが、互いの両親の誰かにお迎えが来たら、幾ばくかの遺産を頂戴できる算段もある。だが、いまのところ昨今の高齢者の人口増加はあの世でも深刻な問題なのか、お迎えが来る気配はない。

 しかし現実には、10日ほど前、築50年のマンションの一室である我が家の脱衣所の床が抜けた。我が家に「終わりの始まり」の日がやってきたのだ。

 エアコンの取り付けもやってのけるDIY大得意の夫の突貫工事の甲斐もなく、脱衣所の穴は洗面台、洗濯機置き場、トイレなどの水回りにじわじわと波及しつつあり、風呂場の床が抜ける日もそう遠くはないという感じがした。

 そこで次に、夫が掛けていたナントカ保険で修繕してもらうことにした。保険会社から連絡をもらったと、五分刈りでまあるい大きな顔の大工の棟梁といった雰囲気のオヤジさんと作業員がもう一人、現場検証と見積もりを取りにやって来た。オヤジさんはウチの立付けを見て回りながら、ぼそりと「昔の職人の仕事は技だねぇ」と感嘆していた。このオヤジさんは「リフォーム」という言葉についても文句の一つや二つあるといった昔気質の風情だった。だから、この部屋を独身時代に買った夫は、旧態依然のこの部屋のこのスタイルに愛着があり、リフォーム推進派の私を一蹴するには好都合と、上機嫌で家の中を説明して回っていた。

 一通りの作業が終わって、オヤジさんは、我が家の小さなダイニングテーブルをはさんで我ら夫婦と向かい合うと、夫の顔をチラチラと見ながら言い難そうに言った。
「急場をしのぐ程度のことは喜んでやらしてもらいますがね。まぁ・・・リフォームっていうのかな、そういうの頼んだほうがいいんじゃないかな。
 旦那さんねぇ、若い時分にここを買って愛着あるって、俺もわかるんだけどさ。
 奥さんはこのままじゃ困っちゃうんだろうしね。カミさんってのはさ、ウチもそうだけど現実主義だから」

 オヤジさんの『我が家に対する最後通牒』は、夫にはかなり刺さったらしい。
「限界ってのがあるんだな」と、夫が天井を見上げた。

 夫のことがなんとなく可哀そうに思えてきた。ローンが終わって、ようやく肩の荷が下りたばかりというのに、またリフォームのためにローンを組まなければならない。さらに言えば、パートで自分の小遣い稼ぎをしているだけの私には、早くウチがキレイにならないかなぁ~と夫にプレッシャーをかけ続けたにもかかわらず、『最後通牒』を受けて急速に本当に肩身の狭い思いが押し寄せてきた。<つづく>


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