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サッチャーを知らなかった私は
学生時代、私がイギリスに留学していた時のホストマザーは、なかなかにぶっ飛んだ人だった。
歌うことが大好きで、近所のうたのサークルみたいなのによく参加していた彼女は、家の中でもよく歌っていた。
ただ、正直うまいわけではなく、ある晩一緒に観ていたレ・ミゼラブルの「夢やぶれて」のシーンで熱唱されたときは、アンハサウェイの歌声がまったく聞こえなくて、名シーンがまさにビリビリにやぶかれたようだった。
そして、かなりの気分屋でめんどくさがりの性格で、手紙やメールの返信にはルーズ。ホームステイで2週間だけ滞在していたフランス人の男の子が、帰国後に送ってきたお礼の手紙を見て、「ほんといい子だった! あの子はほんといい子だった!」って、べた褒めした後、私に言った。
「ぴょん吉ちゃん、代わりに返信しといてくれない? あなたはベストスチューデントだったわ!って」と。結局、なぜか私がベストスチューデントに返信を書いた。
そんなホストマザーだったけれど、私は大好きだった。彼女には、なんだか色々なことを教わった気がする。
それらのことを端から書き出したら止まらなくなりそうなので、今日は一つだけ。
***
留学中、クラスの宿題で、「ニュース記事を一つ選んで、そのニュースのあらましについてまとめ、翌日発表する」というものがあった。
それは偶然にも、2013年4月8日。イギリスの元首相マーガレット・サッチャーが亡くなった日だった。新聞でもウェブでも、そのニュースが持ちきりだった。
「絶対みんなサッチャーのニュースを選ぶよなぁ」
と、なんとなく「みんなと一緒」を選ぶのが嫌で、私は「ロンドンのすべての地下鉄駅を最短で回った男」とかいう、なんともくだらないニュースを選んだのだった。
クラスの発表では、そこそこウケた。案の定サッチャーニュースが持ちきりだったから、このくだらなさが笑えたのだろう。
帰宅すると私は、「みんなサッチャーのニュースにすると思ったからさぁ」と、そのことをホストマザーに話した。
すると、マザーに言われた。
「じゃあ、ぴょん吉ちゃんはサッチャーのニュースちゃんと読んだの?」
「少しは……」
私は、見出しと冒頭の数行くらいしか読んでいなかった。正直あまり興味もなく、サッチャーが「鉄の女」と呼ばれていて、めっちゃ嫌ってる英国人も多い、ということくらいしか知らなかった。
マザーは私に言った。
「あえて、みんなと違うニュースを選ぶこと自体は悪くない。でもそれは、このニュースをちゃんと読んだうえで決めることじゃないの? これだけ世界的なニュースなんだから、ちゃんと自分で知ろうとしなさい。それで自分はどう思うのか考えなさい」
私は急に自分が恥ずかしくなった。
日本人は政治に興味がない、というのは知っていたし、自覚もあった。でも、じゃあどうすればいいのか、当時はよくわかっていなかった。
それに、当時の私はアンチミーハー派だったから(恥ずかしすぎて死にたいw)、「今話題の」とか「超人気の」とかを毛嫌いして、「みんなが注目している」というだけで、手をつけたがらなかった。
でも、ホストマザーの言葉を聞いて、私はひとり大反省会をした。
部屋に戻って、さっそく調べた。
サッチャーがどんな人物で、どんな政策をしたのか。彼女はどうして嫌われたのか。嫌っていたのはどういう人たちなのか。イギリスはどう変わったのか――などなど、わからないところは日本語のウェブも使って読んだ。
私はこの日初めて、英国のひとりの女性の奮闘をまともに知ったのだ。
***
それから私は、アンチミーハーを卒業した。いわゆる厨二的な、なんともダサい考えをしていた自分を恥じた。
「今話題の」を批判してもいい、好きになれなくてもいい。でもそれは、それが一体何なのか、何で話題になっているのかを知ってからだ。
それからは、ニュースにも敏感になった。
ただ、最近では、インフルエンサーの力が強く、彼らを通してニュースを得ることも多い。
するとそれにはすでにインフルエンサーのフィルターがかかっているわけで、そのニュースに対する自分の意見が無意識のうちに操作されているようにも思う。
Google先生も、私のふだんの傾向からおすすめのニュースを提示してくれるが、これまた私に合わせてくれちゃっている時点で、フィルターがかかっている。
「ちゃんと自分で知ろうとしなさい。それで自分はどう思うのか考えなさい」というホストマザーの言葉。
当時より大人になった今、これに付け加えるなら「そのために、ただ情報を鵜呑みにするのではなく、自分なりの情報査定をしなさい」といったことだろうか。
あのときのホストマザーの言葉がなければ、今の私はこんなこと微塵も考えていなかったかもしれない。
興味があるとかないとかではなく、ひとりの大人として、世の中の出来事を自分も知ろう。
――というわけで、まずは、昨日から話題になっている「嵐 活動休止」について、まだ理由を追えていないので、この後ちゃんとサーチしようと思います。はい。
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