『夏から』その1

8月27日。とにかく蒸し暑い夏の日。昨日は1週間ぶりに雨が降ったからベタつく生ぬるい空気が体にもたれかかってくる。おまけに今日は陽も照っている。
「あぁ、暑い。」
先輩の藤田さんが、溶けたアイスのように形にもならないほど不格好な声を出した。愛想笑いで返す。
「そうですね。」
「お前本当に思っとるか?」
図星だ。思っていない。私に分かるのはここが暑いということ。その事実だけ。ここはエアコンもつかない田舎の貧乏な工場だ。夏は暑いし、冬は寒い。今の時代、こんな労働環境は問題視されるはずだ。まあ、田舎だから誰も見ないだろう。しかし、この労働環境の悪さは身体に支障をきたしかねない。生産効率を上げるには改善が必要だ。一番の問題は工場長がケチだということ。工場の維持費を最低限にして私腹を肥やしている。
「ヤマダ?おいヤマダ!」
「すみません、考え事をしていました。何の用ですか?」
「お前でも考え事するんやな。工場長が呼んでんぞ。とうとうクビか?」
藤田さんは嘲て笑った。
「ありがとうございます。行ってきます。」
「…つれないやつやな。」
残念だが、冗談を冗談で返せるほど私は面白くはない。それは元々知っているからなんとも思わない。
工場長は冷房のきいた事務所にある工場長室にいる。何処にいるか聞かなくても分かるほど彼はそこにいる。この工場の敷地内で冷房が聞くのはそこだけだからだ。そんな彼の傲慢さに腹も立てることはあまりないので、ドアを3回ノックする。
「ヤマダです。」
「ヤマダか。入れ。」
「はい。失礼します。」
ある程度礼儀作法は知っているつもりなので丁寧にこなす。
「なにかお話があると聞きましたが、なんでしょう。」
足音がする。貧乏ゆすりか、もうそのレベルだと地団駄か。どちらともいえない足の音が工場長の苛立ちを伝える。
「お前の最近の仕事のことだ。ここ最近ペースはお前が1番遅いし、出来もお前が1番悪い。ミスも多いし、何をしてるんだお前は。」
「すみません。」
仕事には自信があったが、たしかに自分でも自分のミスが増えているのは問題視していた。
「何のためにお前を買ったと思っているんだ!大金を払ったんだ。それに見合う働きをしろ!」
「はい。以後気をつけます。」
「分かったならもういい。行け。」
「失礼します。」
工場長の部屋は涼しかった。火照った体を冷やすにはちょうど良かった。やはり工場長の私への対応は私がロボットである事を思い出させる。別に忘れていた訳では無いが、藤田さんや職場の人間が優しく私が人間であるかのように接してくれるので、少し浮かれていた。
日本はAI技術が発達しほとんどの人間の仕事を取って代われるようになった結果、人間の仕事が無くなりかけ、政府はAIによる仕事を9割削減した。西暦2120年現在、AIロボットの需要は著しく減少し、今では山間部など過疎地域にある零細企業の単純作業にしか使用されていない。夢のマシンと言われた時代もあったが、今ではAIは人間の仕事を減らし経済悪化を起こした不良品といわれている。
「ヤマダ!工場長になんて言われたん?」
「仕事についてです。最近たるんでるぞって。」
「クビちゃうんか。まあよかったな。」
藤田さんも初めはAIの私を煙たがっていたが、今ではすっかり友達と思ってくれてるようだ。
「それにしても、お前ずっと働いてるよな。」
「そういうロボットですから。」
「せやけどお前休んだことないやろ。あっ、もしかしたらそれが原因かも知らんで?」
「原因?」
「不調の原因や。工場長に叱られたんやろ?多分休んでないから調子悪くなんねん。」
「しかし、システムにも不具合は生じていませんし、バッテリーもまだ残っています。」
「そういうことちゃうねん。せや、日曜日ボウリングでも行こうや。」
「いえ、その日は仕事が、」
「工場長に言って休ませてもらえ。365日働いてたらロボットでも倒れるで。」
休む、という概念はなかった。ロボットが休むなんてことは充電くらいしかない。それも4時間ほどで終わるから休日ではなく休憩だ。ロボットは人間ができない代わりに24時間365日働くものだと思っていた。藤田さんの提案は完全に予想外だった。
その日の内に藤田さんは私を連れて工場長の所に休暇の申請をした。工場長はロボットである私が休暇を取ることを認めなかった。
「ヤマダだって疲れとるんじゃ!休ませろや!」
藤田さんの熱心な抗議により、無事2人で休暇をとることができた。

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