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季節と、生きる。今を、感じる。/日日是好日を観て

森下典子さん原作の、お茶のエッセイ「日日是好日」。

とてもとても大好きで大切な本です。


それでね、そんな作品が黒木華さんと樹木希林さん主演で映画になったので、観てきました。

心から観てよかったと思えた作品だったので、感想をおすそわけ。


冒頭、希林さんがスクリーンに現れるところからもう、涙が溢れてしまいました。


亡くなったのが嘘かのように、「いらっしゃい」と微笑みかける希林さん。なんだかとても近くにいらっしゃるような気がして。手を伸ばしたら届くんじゃないか、と思ってしまうくらい、そこにいらっしゃって。


いつまでも希林さんは生き続けるんだ、いつでも会えるんだ

って思ってしまったんです。

作品ってすごいなぁ。幸せだなぁ。

ありがとうございます。



「重いものは軽いかのように、軽いものは重いかのように」


これは、主人公が茶道具を運ぶシーンで先生役の希林さんがおっしゃったセリフ。

私はこのセリフがただ「荷物運び」のことを表している言葉に聞こえませんでした。

〜ここからは私の解釈〜

生きていると、苦しいことも悲しいことも不安なこともある。それをいかに小さいものとして捉えられるか。時にはどっぷり浸ってみることも大切なのかもしれません。でも、宇宙レベルまで視座を広げてみた時に、自分が抱えている(と思っている)ものは本当にそこまで悩むことなのか、苦しむことなのか。自分で勝手に重たくしてしまっているのではないか。この意識の転換が、前に進むきっかけになる、という暗示をしてくれているのではないでしょうか。
同時に、日々「微細の感覚」を持ち続けることも大切。一つ一つの出来事は小さいかもしれません。でも、その「小さな出来事」が起こるまでに辿ってきたストーリーを見つめる。そうすると、小さいと思っていたことがとても新鮮で愛おしく思えてくるかもしれません。例えば、朝散歩をしていて近所の人と挨拶をした、という出来事。この出来事は、その一瞬で捉えると「挨拶をした」、ただそれだけかもしれません。でも、その人と自分が今まで生きてきてたまたまこの瞬間に言葉を交わした。その瞬間までにその人が生きてきた過程、私が生きてきた過程が、その挨拶一言にもにじみ出ていると思うんです。そう考えると、一瞬一瞬が尊く愛おしくなってきます。いかに目の前の小さなものに意識を飛ばせるか、慈しめるか、ということを教えてくれました。



「世の中には『すぐわかるもの』と『すぐわからないもの』の二種類ある。すぐにわからないものは、長い時間をかけて、少しずつ、わかってくる。」


これは映画全体を通して伝えてくれていたメッセージ。

これも、私の解釈を少しだけ。


生きていると、「なんかよくわからない」という不思議なものとたくさん出会います。ちょっと心が揺れる、みたいな「感覚」だけはあるけれどそれをうまく言葉にできない、とか。その時に、「いますぐ答えを出そう」とか「いますぐ言葉にしきらなきゃ!」とか焦ってしまいがち。でも、その感覚を大切に熟成させるように置いておく。点を点として置いておく。そうすると、ふとした瞬間に「あ、こういうことなのかな」と線で繋がる瞬間がやってくるのかもしれません。だから、全部に意味を求めたり無理に言語化をしようとしなくてもいいのかもしれません。流れに委ねる勇気、みたいなものでしょうか。



「季節と生きる」とは

この映画のテーマになっている、”季節と生きる”。

私は、「時間の流れに委ねながら一瞬一瞬を慈しむ」ということなのかなと思いました。


季節が巡るように、私たちの時間は刻々と流れている。その流れを止めようとするのではなく、流れの中で自分が感じられる一瞬一瞬を大切に愛でていく。無理にその場で答えを出そうとしたり、全部を掴もうとしなくていい。今の自分ができる愛で方でいい。これを続けていくと、ある時にふと一瞬が繋がって流れが生まれることがある。それを、楽しみながらまた季節と一緒に巡っていけばいい。



今まで観た作品の中で、いちばん余韻が続いている作品です。

そして、「今の私」が感じることと「30歳の私」が感じることもまた違うんだろうなぁと思う作品でもありました。


ぜひ、映画の中の音、色、匂い、手触り、言葉などいろんな「一瞬」を感じてみてください。

私ももう一回観に行こうかなぁ。


たま


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