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いちばん好きな母の料理

幼稚園で「おうちの人の作るごはんでいちばんすきなものはなんですか」的な質問をされたことがあったらしい。

毎日私にごはんを作り、昼はお弁当を持たせ、としていた律儀な母にとって、この質問は多分なかなかに楽しみでどきどきするものだったに違いない。しかし私の答えは、母の期待からはだいぶずれていた。

「ゆでたまご!」

その答えを聞いた母は最初がっくしきたと言っていた。なんでもっと手の込んだものじゃないのかと。同じ園にもうひとり、「目玉焼き」と答えた子がいて、母はその子の母親と共にため息をついたという。
でもこの答えには私なりの理論があるのだ。

私は固茹でのたまごが大嫌いなのである。

あの、黄身が完全に薄黄色になり、周りに硫黄の黒がにじんでいるような固茹でたまご。好きな人には申し訳ないが、私はあれをお友達のお弁当箱の中で見たときはぎょっとした。お弁当の交換でもらって口に入れたときはもっとぎょっとした。これは、これはうちのゆでたまごじゃない。

母の作ってくれるゆでたまごは、

黄身がきれいなオレンジと、ちょっとだけの黄色のグラデーションになっていて、とろっとはせず固まっているものの、固過ぎはしない。2つに割ると、少しだけ断面が波打つ。(画像は拝借したものだけれど、本当にこんな感じなのである)

事実、小さい頃の私は、割ったら黄身が溢れてきてしまうようなゆるめのゆでたまごもお気に召さなかった(今思うと相当うるさい小童である)。そして母は、そんなこだわりの強い娘のために、いつもクリティカルヒットでその素晴らしいグラデーションを作ってきた。もちろん、少し黄色に傾いたグラデーションの日もあったが、色が一色であることはほぼなかったと思う。

だから私はそんな母に畏敬の念をも込めて、「ゆでたまご」が堂々の一位に輝いたわけなのだが、当時はどうにかこうにか説明もしなかったのか、未だに母にはたまにそのことをショッキングな事件として言われるのである。

さて、一人暮らしで自炊をしている今の私には、当時「どうやら理論的に難しいらしい」その黄金比を作ることが、いかに本当に難しいかをひしひしと実感している。自分でたまごを茹でても、あの色にならないのである。ネットで何でも調べられる今の時代、沸騰から何分とか、水から何分とかは調べれば出てくるものの、私はどうにも、どれがどうなれば沸騰なのやら、そしてIHで水からの火加減が同じで良いものやら、よくわからずにやっていて、しかも固茹でになるのが怖いので早く引き上げてしまう。だから割るたびにオレンジの生々しい黄身は無残にも溢れ出てしまう。

ああ、母よ、貴女は本当に偉大な人なんです。
私は母のゆでたまごが、今でも一番だ。

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