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820,ディメトロドン

 気分の音楽が見当たらなかったので、帰り道で音楽を聴くことはしなかった。そしてその代わりになのだろうか、リュックの中のディメトロドンのことを考えた。ディメトロドンは、別れる前に祖父が買ってくれたものだ。午後に差し掛かったもっとも暑い時間帯のことだった。ディメトロドンは、前後の左脚にタグをつけられていた。眺めていると、鋭いらしい歯や、腹の鱗や首の部分にあるひだがよく見えてくる。知らない人は、これを想像上の生物だと思ってはしまわないだろうか、と思った。

 ディメトロドンの帆を透かすかのように、おぼろげなシーンが蘇る。祖父と別れたあと、半ば日の暮れかけた渋谷に降り立ったときの記憶だ。それは、夏祭りの会場に分け入っていくような感覚に似ていた。熱気や目に入るものの多さにめまいを覚えながらも、前を歩く影を見失わないように、意識を集中させる。周りの人物が単純な立体図形でできた人形に置き換わり、次に風景全体がばらばらに分離して無数の線となり、自分の後ろ側へ飛び去っていく。

 そのとき、ポストに友人からのレターパックが届いていることを思い出す。

 レターパックを取り出し、鍵を開けて家に入ると、まずディメトロドンを机の上に置いた。レターパックを開封するのはそのあとである。

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