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20240227 息

 映画を見終えて、ふたたび強風の吹き荒れる建物の外へ踏み出した。トートバッグから自転車の鍵を取り出したり、パスケースから駐車券を取り出したりするときにほとんど指先の感覚だけで自分の身体が動いていることに気づいた。信号を待つあいだに手袋を片手づつはめると、その感覚は鈍くなり、手袋のぶんだけ増した皮膚の厚みと、そこにこもる熱を感じるようになった。風はなおも吹き荒れているけれど、建物のあいだに入ると一瞬だけ弱まったり、方向が変わったりする。それだけ風に敏感になっている。
 帰り着いてiPhoneを反射のようにポケットから取り出すと、祖父から30分前と5分前に電話がかかってきていた。祖父はつい先日入院してしまったことを母から聞いていた。かけ直すと、少しのあいだもぞもぞという声ではない音がしてから、いつもの声が聞こえてきた。ぼくの声が聞こえていないようだったので、スピーカーに切り替えてもう一度話しかけてみた。息を吹き込むようにしてことばを外に出す。向こうがわの声も、息とともにスピーカーから漏れ出してぼくの顔に当たった。

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