流れよ我がsperm、とおれは言った

 恋愛には金がかかる。好きな相手とヤりたいことをヤろうとしても、生身で好き放題できる時代じゃない。メンタルはオスでも身体は中性。生まれたときから去勢済み。おれにはペニスが必要だ。恋人を満足させられるような。
「巨根がほしい。デカイやつだ。相手を満足させられるやつ」
「ジャック、フィットネスが一番大事だ。相手のサイズはわかってるのか。インチでも号でもいいけれど」
「わからない」
「なら、まずは現実を知ることだな」
 ドクターはカタログを取り出した。ショート、ミディアム、トール、グランデ。カフェラテもブラックもアルビノもよりどりみどり。けど高すぎた。こんな金、用意できるわけがない。年収分のディックを買うなら月給三ヶ月分の指輪を買う。
「諦めるのか? たかが金で諦めるのか? おまえの魂はそんなものか? 紙切れなんかに屈服して、情けないデジタル接続かますのか? それでいいのかい、ジャック」
「よかねえよ。かかりつけ医のあんたなら、十年来の恋も知ってるだろう」
「初恋は大事だ。いい仕事がある。聞きたいか」
「なんでもやるよ。やれないことでも」
 首筋ソケットでLAN接続して頭の中をシェアリング――山積み(パイル)された医療不正の記録だった。
「これを役所に届けてくれ。韋駄天の足ならやれるだろう。全国大会優勝者」
 一も二もなく、ああ、と答えた。100mを3秒で走り抜けたこの足は、2100年代最高のもの。どんな危険が訪れようと逃げ切ればいい。ドクターと握手し、契約成立。
「頼んだぞ。経路情報はこばっらが」
 花火、血飛沫、スプラッタ・ショーと化すドクターの頭部。その向こう側に、ウマナミより巨大なイチモツを構えた美女。引き金握るカフスボタンのエンブレムは、ドクターの記録で見たものだ。
 ――ジャック、走るんだ、ジャック!
 頭のなかから聞こえる声に従ってクリニックを走る。背後の殺気は、3秒経っても振り切れない。(続く)

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