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私を構成する、複数の私 #研究コラムVol.10


株式会社TALENTのTalent Research Center (TRC) で研究テーマとしている「才能発揮」は、自分自身が何をしたいかという欲求や、これまで培ってきた経験と切っても切り離せないものです。そのため、才能の発揮の仕方を考えるときには、自身に向きあい、内省する取り組みが必然的に生じます。

前回の研究コラムでは、自分自身について注意を向けて考えを巡らせる「自己注目」をテーマに、善玉の「省察」と悪玉の「反芻」の2つのスタイルがあることを紹介しました。

今回は、自己注目のスタイル(やり方)ではなく、自分自身のどの側面に注意を向けるかをテーマに学術知見を紹介したいと思います。自分自身のどこに、どうやって注意を向けるかを理解し、両方を適切化することができれば、才能発揮につながる建設的な自己分析できるようになるのではと思います。


「自己」はひとつだけなのか?

自分自身について考えるとき、みなさんはどういった場面の自分を思い浮かべるでしょうか?考えるタイミングにもよると思いますが、「自分にとっての仕事のやりがいはなんだろう?」と、会社員としての自分について考えるとき、「どうやったら両親とうまくやっていけるだろうか?」と、誰かの子である自分について考えるとき、「なぜ友人にあんなことをいってしまったんだろう、、?」と、誰かの友人である自分について考えるとき、などなど。

一口に「自分」や「自己」と言っても、さまざまな側面があるのではないでしょうか。そして、会社員としての自分は今あまり調子が良くないけれど、交際相手との関係はうまくいっているというふうに、それぞれの側面が分かれていることもあると思います。

社会心理学では、このような自分自身の側面の数や、それぞれがどのくらい関連しているかを表す「自己複雑性」という概念があり、研究が進められています (Linville, 1987など) 。

自己複雑性は、自己に関する側面の数(側面数)と、それぞれの側面がどのくらい関連しているのか、あるいは分かれているのかを表す(精緻性)の2つの要素で構成されています(義田・中村,2007)。

側面数は、会社員としての自分、家族の一員としての自分、テニスプレイヤーとしての自分など、自分について考えたり、語ったりするときのまとまりをカウントしたものです。まとまりを作るときの客観的な基準はなく、自分でどのように分かれていると思っているかという主観的なまとまりをカウントするところがポイントです。

もうひとつの精緻性は、各側面の自分がどのくらい分化しているかを表します。会社員としての自分は他人に厳しく合理的な考え方を重視するのに対し、家族の一員としての自分は他のメンバーに優しく、争いを好まないといったように、各側面の性格を自己評価したときに、似ている度合いが小さいと、側面同士が分かれている、すなわち精緻性が高いということになります。


図1. 側面数が多く、精緻性が高いほど自己複雑性が高い

側面数が多くて精緻性が高いとき、つまり、自覚している自分の属性や役割が多く、それぞれがあまり関係しておらず独立しているときに、自己複雑性は高くなります。


柱がたくさんある建物は倒れにくい

自己複雑性を提唱した Linvilleらの研究では、自己複雑性が低い人では、気分の変動が大きく、失敗したときに自己評価が低下しやすいことが示されています (Linville, 1987)。

その理由としては、自己複雑性が低いと、何かネガティブなできごとが起こったときに、自分自身を全面的に否定してしまうことにつながるからだと指摘されています。

これは、自己複雑性を構成する要素のうち、側面数を建物を支える柱の数、精緻性を柱がそれぞれ独立して建物を支えている度合いに例えて考えるとわかりやすいと思います。建物は、自己評価と考えてみてください。

建物を支える柱が少ないと、柱が1本折れたら建物は容易に倒れてしまいます。側面数が少なく、自分は仕事人間だという認識しかもっていないと、仕事で失敗したときに自己評価は大きく落ち込んでしまいます。

また、柱がたくさんあったとしても、それぞれが互いに支え合う形になっていると、1本倒れたときに、他の柱も連鎖して倒れてしまい、建物を支えられなくなってしまいます。会社の社員、家族の一員、地域のスポーツクラブのメンバーなど、複数の側面をもっていて、どの場面でも人に親切にするという長所を自覚している人がいたとしましょう。仮にその人が、会社で同僚にきつい態度を取ってしまったとしたら、どの場面でも人に親切にするという自己評価がゆらぐことになります。精緻性が低いと、ある側面で起こったネガティブできごとが他の側面にも波及しやすく、自己評価が全体的に下がってしまうのです。

自己複雑性が高い人、つまり、建物を支える柱が多く、それぞれの柱が独立に建物を支えている人では、たとえ1つの柱がネガティブなできごとによって倒れたとしても、他の柱で補うことができるので、建物(自己評価)を堅牢に支えることができるということです。

図2. 自己複雑性が高いと自己評価を支えやすい

より建設的な自己理解のために

ここまで紹介してきた自己複雑性は、自分自身を構成する側面と、それぞれの関連の程度を表すものでした。

自己複雑性を調べるときは、各側面について、その側面の自分に当てはまる性格を選んでもらうのですが、選択した性格がポジティブなものか、ネガティブなものかで分類し、「肯定的自己複雑性」と「否定的自己複雑性」に分ける、より詳細な分類も提案されています (Woolfolk et al., 1995) 。会社の社員としての自分は明るくて行動的、家族の一員としての自分は寛容で協調的といったように、ポジティブな性格が各側面で重ならずに選ばれていると、肯定的自己複雑性が高いという評価になります。

自己複雑性のポジティブな効果に注目が集まる中で、ネガティブなできごとに影響を受けにくい肯定的自己複雑性が、心の健康において特に重要なのではないかと考えられるようになりました。実際に、川人ら(2010)の研究では、自身の多様な側面に目を向けることの効果を紹介するセミナーを受講した大学生では、受けていない学生よりも肯定的自己複雑性のスコアが高まり、その後のうつ感情が低くなることが実証されています。

また、前回の研究コラムで、自己注目のスタイルには善玉の省察と悪玉の反芻があることを紹介しましたが、これらのスタイルと自己複雑性の関連を調べた研究もあります。中島・丹野(2015)や金井・高橋(2017)の研究報告では、肯定的自己複雑性が善玉の省察と関連し、反対に否定的自己複雑性は悪玉の反芻と関連していることが示されています。

前回の研究コラムでは、自分自身について能動的かつ客観的に向き合うことで、ネガティブな感情にとらわれにくく、建設的な自己理解を深めやすくなることを解説しました。今回の自己複雑性の議論を踏まえると、能動的・客観的なスタイルに加え、自身の多様な側面について、ポジティブなことが、どのくらい重ならずに存在しているかに注目してみることでも、より有意義な自己理解ができるようになるのではないかと考えられます。

自己複雑性を味方につけ、前向きにチャレンジする

最後に私見となりますが、最近では自己複雑性が高まりやすい環境になってきているように思います。たとえば、副業を後押しする動きが活発になっていたり、SNSなどで異なるアカウントを使い分けられたり、動画や音楽の配信で新しい活躍の場を見いだせたりと、多様なフィールドで新たなチャレンジができる選択肢が広がっています。

自身の才能の発揮を考えたときに、こうした新たなフィールドでのチャレンジに踏み切る場面も出てくるのではないかと思います。そのときに、自己複雑性の高さが、自己理解を深めたり、チャレンジに伴う心理的な負担に対抗する力となることを把握していると、よりポジティブな心構えで新たな挑戦に取り組めるようになるのではないでしょうか。

文献

  • 金井嘉宏, & 高橋麻由. (2017, September). 自己複雑性が反芻と抑うつに及ぼす影響. In 日本心理学会大会発表論文集 日本心理学会第 81 回大会 (pp. 3C-024). 公益社団法人 日本心理学会.

  • 川人潤子, 堀匡, & 大塚泰正. (2010). 大学生の抑うつ予防のための自己複雑性介入プログラムの効果. 心理学研究, 81(2), 140-148.

  • Linville, P. W. (1987). Self-complexity as a cognitive buffer against stress-related illness and depression. Journal of personality and social psychology, 52(4), 663.

  • 中島実穂, & 丹野義彦. (2015, September). 自己複雑性を媒介した抑うつに対する反芻, 省察の影響. In 日本心理学会大会発表論文集 日本心理学会第 79 回大会 (pp. 2PM-048). 公益社団法人 日本心理学会.

  • 義田俊之, & 中村知靖. (2007). 抑うつの促進および低減プロセスにおける自動思考の媒介効果. 教育心理学研究, 55(3), 313-324.

  • Woolfolk, R. L., Novalany, J., Gara, M. A., Allen, L. A., & Polino, M. (1995). Self-complexity, self-evaluation, and depression: an examination of form and content within the self-schema. Journal of personality and social psychology, 68(6), 1108.

▼この記事を書いた人
TRC Researcher 江川 伊織
山形県酒田市出身。東京大学大学院にて性格心理学を専攻し、完全主義の認知特性を研究。2017年に科学教育・人材開発等を事業とするベンチャー企業に入社し、若手研究者のキャリア開発や、研究開発人材の採用支援、心理学の知見を活かした事業開発等を経験。2021年10月HR Tech企業にデータマネジメント第1号社員として入社。
現在は採用管理システムのデータ分析や各種リサーチを手掛けつつ、個人事業として調査設計やライティング等も行なう。
「働く」という人間の営みにデータや学術研究の知見を活かしたいと考え、「才能」の切り口から新たな知見の開発・発信を行なうためにTALENTの才能研究に参画。

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