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ランニング中の”足のつり”について

ランニングについて相談を受けると、脚の痛みに次いで多いのが”足のつり”についての相談です。

一般的には「経口補水液がいい」「芍薬甘草湯がいい」「マグネシウムがいい」など言われています。
ですが何を試しても効果がなく、足のつりが原因で失速してしまうランナーは数多くいます。

果たしてランニングの足のつりは何が原因なのでしょうか。
そして対策はそれ以外ないのでしょうか。

2021年6月に発表された運動に伴う筋肉けいれんのレビュー論文をもとに書いてゆきます。

1.ランニング中の足のつり

運動により誘発される足のつりは、運動誘発性筋けいれん(Exercise-Associated Muscle Cramps:EAMC)と言われています。

軽いピクつきから始まり、やがては一部の筋肉の硬直・疼痛がおこり、さらに重症化すると、意識障害を伴う全身の筋けいれんまで進行することがあります。

軽いピクつきや一部の筋肉のけいれんであれば、スピ―ドを緩めたり、休憩によって回復します。
ですが、めまいや吐き気、錯乱、昏睡を伴っておこる一部、または全身の筋けいれんの場合は直ちにランニングを中止、場合により病院に搬送する必要があります。

たかが足のつりといえど、侮れません。

2.足のつりの原因

足のつりの原因については解明されていません。
今のところ幾つかの説があり、そしてそれらが組み合わさって「足のつり」がおこると言われています。
一つずつみてゆきましょう。

2-1.脱水と電解質不均衡

昔から言われている理論です。
発汗量が多く塩分の喪失が多い方が、けいれんの頻度が高くなります。
また発汗による体重減少が多いほどけいれんしやすくなるともあります。

ですが、実際に血液検査をしてみるとけいれんを起こした人と、起こしてない人で、ナトリウムの値の差がないことや、アメフト以外は発汗量や塩分喪失量とけいれんの頻度に関連がみられなかったとの結果もあります。
食事・水分摂取量、発汗量、汗中の塩分喪失量などを調べても、けいれんのしやすさとは関連がなかったとの報告もあります。

一番一般的な説ですが、そう簡単なことではないことや、しっかり水分・塩分を摂取すれば大丈夫という訳ではないことが分かります。

2-2.神経筋制御の変化

2009年頃から言われ始めた説です
疲労などが背景にあり、運動神経の興奮性刺激と抑制性刺激の間の不均衡が生じるとけいれんが起こるというものです。

マラソンを走っていて、後半にペースアップした瞬間にピキーって来た経験があると思います。興奮性を高めるとけいれんが来るわけです。
また、ストレッチをすると緩和するとも言われています。抑制性の刺激を高めると緩和する訳です。

けいれんを有するアスリートを対象とした前向きコホート研究の 3件で、脱水や電解質の喪失よりも、体調が悪かったり運動強度の増加がけいれんの危険因子とされました。そのことが神経系の抑制性の低下・過剰興奮を来たし、けいれんが起こるとされています。
特に筋肉が縮んだ状態で収縮を繰り返すと、ゴルジ腱器官(骨格筋と腱の移行部にある腱の感覚器)からの筋抑制の量が低下してけいれんしやすくなります。マラソン後半の腰が落ちた走りはけいれんに繋がるのかもしれません。

ただし体調が万全でも、十分に運動強度に耐えうる練習をしていてもけいれんは起きます。また、疲労状態では逆にけいれんがおきにくくなったとの報告もあり、まだまだ議論の余地が残ります。

2-3.多因子理論

「脱水と電解質不均衡」「神経筋制御の変化」の理論に基づいて、Millerは複数の危険因子が相互作用して神経筋制御を変化させてEAMC を誘発する、 EAMC 病態生理学モデルを提案しました。
 要は両方の理論・いろんな原因の足し算掛け算で、脚がけいれんするんだよ!という事です。

運動関連筋痙攣(EAMC)の病因に関する多因子理論(改):Miller KC. Exercise-associated muscle cramps. In: WM Adams, Jardine JF, eds. Exertional Heat Illness: A Clinical and Evidence-Based Guide. Springer; 2020: 117–136.

上記の黄色のような原因が積み重なってけいれんが起きるというものです。

例えば筋肉損傷を負っているランナーを考えてみます。この怪我により体調不良や痛みがあるのに加えて、怪我の前と同じ速度の走行に耐えられなくなります。その結果これらの危険因子が合わさって神経筋制御の変化を来たし、EAMC を誘発します。

そして原因を考えるにあたって質問票の提案もあります。

EAMCの原因の特定に役立つ質問票:Kevin C. Miller;An Evidence-Based Review of the Pathophysiology, Treatment, and Prevention of Exercise-Associated Muscle Cramps,J Athl Train (2022) 57 (1): 5–15.

足がつりやすい方は、
・もともとの病気・けがはありませんでしたか?
・暑熱下のレースではありませんでしたか?
・しっかり食事・睡眠はとっていましたか?
・前日飲酒はしていませんか?
・カフェインなどのサプリを摂取していませんでしたか?
・レース中にしっかり水分・塩分は摂取していましたか?
そんな事を考えてみる必要がある訳です。

3.足がこむら返りしたら

3-1.安静と鎮痛剤

基本は運動をやめて安静にすることです。ランニングなら走るのを中止することです。一度足がけいれんすると、1時間はけいれんしやすくなるとされています。しばらくは歩いたりゆっくりと走ったりを繰り返すことになります。またゴール後に足のタグを外すときや、着替えで靴下を脱ぐときにけいれんしてしまうのは、1時間程度はけいれんしやすい状態が続くからなんです。

そしてもともと足の疼痛があるランナーは、鎮痛剤により「疼痛-痙攣-疼痛」のサイクルを断つことにより、けいれん が軽減する可能性があります。

3-2.ストレッチ

ストレッチは最も安全で効果的な治療とされています。
けいれんしている筋肉をゆるやかに伸ばす静的ストレッチは、腱の緊張を高め、ゴルジ腱器官を抑制します。
ですが、前述したように1時間程度はけいれんしやすい状態は継続するため、ランニング→けいれん→ストレッチ→ランニング→けいれんを繰り返すことになります。

3-3.水分補給:経口or点滴

スポーツドリンクや経口補水液は、脱水や塩分枯渇で生じたけいれんを緩和できる可能性があります。
ですが、スポーツドリンクは水分に比べて塩分が少なく、スポーツドリンクだけで水分を補っていると低ナトリウムになる可能性があります。塩分も同時に補うことが必要です。
また、水分を摂取すると口喝感はすぐにおさまりますが、水分が血液中に移行するまで13分程度かかります。水分を摂取しても、すぐにけいれんが改善するわけではありません。

3-4.温度感覚性(TRP)受容体刺激薬

温度感覚性受容体を刺激すると、運動関連のけいれんの頻度を低下させる可能性があると言われています。
具体的には酢、シナモン、カプサイシン、ショウガなどの成分がそれにあたります。受容体への影響が強力であれば、けいれんを低下させる可能性があります。
最も信頼性のあるデータがあるのはピクルスジュースで、単盲検試験では、少量 (<100 mL) のピクルス ジュースを摂取すると、水を摂取するよりも 37% (49.1 秒) 速く、何も摂取しない場合よりも 45% (68.6 秒) 速く痙攣が緩和されました。酢と塩から造られるようなので、ない場合は酢で代用もいいかもしれません。

3-5.バナナ

バナナはグルコースとカリウムの含有量が多く、脚のつり対策として用いられている時代もありました。
ですが足のけいれんに対して有効とするデータはありません。バナナを摂取しても、血中カリウムは上昇しなかったとするデータもあります。
エネルギー不足による失速・けいれんに対して、一般的な補給食として利用するならよいと思います。

EAMC 治療の推奨事項と推奨度グレード(改):Kevin C. Miller;An Evidence-Based Review of the Pathophysiology, Treatment, and Prevention of Exercise-Associated Muscle Cramps,J Athl Train (2022) 57 (1): 5–15.

4.こむら返りの予防は?

4-1.糖質 - 電解質飲料、マグネシウム、興奮剤(カフェイン)

糖質-電解質飲料は、スポーツドリンクや経口補水液の事です。
足のけいれんの予防には効果的であると、広く一般的に言われています。
スポーツドリンク以前には、労働者が水に塩を加えたり、生理食塩水を摂取して足のけいれんを予防していました。
現在ではスポーツドリンクや経口補水液が用いられます。暑熱のなか下り坂を、体重が2%減少するまでランニングしたあと天然水を摂取すると筋けいれんの感受性が減少し(低ナトリウムで逆にけいれんしやすくなるということです)、経口補水液を摂取すると筋けいれんの感受性が増加するとの結果になりました。
経口補水液にはナトリウム以外も含まれているので、塩分の補充が効果的とは限りませんが、糖質-電解質飲料は効果があると考えられます。

また、けいれん予防のためマグネシウムのサプリもあります。ですが妊娠、高齢者、肝硬変による足のけいれんにはマグネシウムは効果がなかったとの文献があります。運動時のけいれんは研究されていないようです。

またカフェインを含む興奮剤はランニングの疲労感に対して効果があるとの研究もあり、ランニングの際のエネルギージェルに添加されたものが多く市販されています。ですが逆に神経の興奮性を高め、理論的にはけいれんを起こしやすくなる可能性があります

4-2.汗の評価~水分補給の種類の選択

とはいえ、ランニング中の塩分喪失量は個人差があります。
文献では、気温25度程度のフルマラソンで4時間で完走したランナーの場合、汗により約0.5g-4.0g/Lの塩分を喪失したとあります。

スポーツドリンクには1リットル中に1.5g、経口補水液は1リットル中に3g程度の塩分が溶解しています。
本当に経口補水液が必要かどうかは、調べないと分からないわけです。
そのために発汗量や、汗中の電解質は前もって調べておくとよいと言われています。ですが一般の方が調べられる施設はなく、非現実的です。

なので我々が出来る事としては、ランニング後に他の人に比べて体に汗塩の跡が残りやすい人は、経口補水液を摂取したり、塩分の濃い補食をした方がよいものと思われます。

4-3.予防ストレッチ

静的ストレッチはEAMCを効果的に鎮静させますが、予防的効果は低いようです。いくつかの研究で、静的ストレッチ後やPNFストレッチングは、けいれんの感受性を増加させないとの結果が出ています。
今のところストレッチは治療的な意味合いが強く、予防的な効果はないと考えられています。

4-4.筋トレや神経筋再訓練プロトコル

運動を伴う神経筋の再訓練は(要は正しいフォームを習得すること)、EAMC 予防に有望です。
Wagner らは毎日20分のトレーニングで、ランニング中のハムストリングスの活動を低下させて臀筋の強さと持久力を改善することにより、トライアスリートのハムストリングスの EAMC が減少することを発見しました

また最近の調査では、EAMC を経験したランナーはけいれんを起こしていないランナーよりも、レースまでの 3 か月間に週 1 回の下肢筋力トレーニングを行う傾向が低かったとのことでした(それぞれ 25% 対 48%)
これは筋力トレーニングが EAMC の予防に役立つ可能性があることを示唆しています。

4-5.芍薬甘草湯は?

ランニングをされる方は「足のこむら返りには芍薬甘草湯」と思っている方も多いと思います。

芍薬甘草湯は神経筋シナプスのアセチルコリン(ACh)受容体に作用して、筋弛緩作用を発現する薬剤です。結果過剰な筋収縮を抑制して、こむら返りに対して効果を発揮します。
ですが実際文献を検索すると、「ランニング中の足のこむら返り」に対する研究・文献は見当たりません。ほとんどは透析患者のこむら返りに対する効果を記した文献です。

効果を実感されているランナーもおられると思いますが、データの裏付けは乏しいわけです。

EAMC 予防の推奨事項と推奨度グレード(改):Kevin C. Miller;An Evidence-Based Review of the Pathophysiology, Treatment, and Prevention of Exercise-Associated Muscle Cramps,J Athl Train (2022) 57 (1): 5–15.


5.結局どうすればいいの?

結局足のこむら返りは、多種多様な要因が相互に関係して起こすことが分かりました。
そのため、思い当たるもの一つ一つ、対策を立てるしかありません。

普段から
・練習量は不足してませんでしたか?
・筋トレはしていますか?
・筋が短縮した状態で、収縮を繰り返すフォームになっていませんか?
・怪我があるのに無理していませんか?
大会前
練習をしっかり減らして、筋疲労を回復させましたか?
・睡眠・栄養はしっかりとれていましたか?
・前日観光して歩き回っていませんでしたか?
・飲酒は控えていましたか?
・暑熱馴化はしっかりできていましたか?
レース前半
・水分、塩分はしっかり補充できていましたか?
・実力以上のペースで走っていませんでしたか?
・ペースの上げ下げに無理はありませんでしたか?
レース後半
・腰が落ちたフォームになっていませんか?
・カフェインなどのサプリメントは摂取していませんでしたか?

それでもダメであれば、薬に頼りましょう。
・芍薬甘草湯、マグネシウム製剤
・ピクルスジュース
・そのほかカプサイシン、マスタード、酢
そんなものもよいとされています。

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