同性同士の競争が激しい職場は、男性従業員にヤクルト1000をより多く買わせるかもしれない。
SUMMARY
(さしあたりの)結論
組織文化・風土は、その企業に勤める従業員の消費行動にも大きな影響を与える可能性がある。本記事では、勤務先が「同性間(すなわち、男性間または女性間)の競争を促している」と認識している従業員ほど、Yakult1000 / Y1000 を購入する傾向が高まることを検証した。
DETAIL
問題意識
消費者行動論(Consumer Behavior)と組織行動論(Organizational Behavior)は、それぞれ個別の蓄積と歴史を持つ研究領域として確立しています。言い換えると、研究では「消費者」(consumer)と「従業員」(Worker / Labor)を分離された主体として捉える姿勢が根強くあります。
そしてこのことは、研究に限らず、実務においても同様かもしれません。例えばペルソナ作成において、仮想の「消費者」像にリアリティを持たせるためのフレーバーテキストとして勤務先の規模や年収、人間関係が記載されることはあっても、消費に大きな影響を与える因子として「従業員」としての特徴が詳細に検討されることはあまり多くないと思います。
しかし、最近ではこの「消費者」と「従業員」の分離に対する疑義が提案されています。例えば、Molesworthら(2024)は日本でも話題になったデヴィッド・グレーバー(2020)の「クソどうでもいい仕事」(Bullshit Job)を引用しながら、そうしたブルシットジョブと並列する車輪の片方として「クソどうでもいい消費」(Bullshit Consumption)があることを提案し、両者が共存関係にあることを提示しています。
なお、こうした「消費者」と「従業員」の分離が特に問題となるのはジェンダーに関わる領域です。Colemanら(2021)は、これまでの消費者研究が両者を分離することによって「男性は生産者、女性は消費者」(men as producer and women as consumer)という二分法を再現してきたと批判し、「人々が仕事とともに行う消費」や「消費の中で行われる労働」という両者の絡み合った性質に焦点を当てる研究の道を拓くべきだと提案しています。
したがって本記事は、Colemanらの呼びかけに応えて、「人々が仕事とともに行う消費」の領域で、人々の(ジェンダーに関わる)「従業員」としての意識が消費行動にどのような影響を与えるのかについて調べることを目的としました。
仮説検討
ジェンダーと消費や広告に関する初期研究は1990年代からあり、既に30年以上の歴史がありますが(Zayer et al., 2022)、最近の研究(Otterbring et al., 2023)で提案されている概念に「同性への競争意識」(Intrasexual Competition)があります。
Otterbringらの研究では、「同性への競争意識」と「サステナブル商品の購買意向」を検証しています。具体的な仮説としては、男性は女性よりも「同性への競争意識」が強く、かつその競争意識が強いほどサステナブル購買の”障壁”として働くとしています。なぜなら、男性にとって「サステナブル商品」は、現在のところ、(それらが”女々しさ”を連想させる点で)同性に対する競争力を減じる可能性を示すものだと認識されているからである、と。なおOtterbringら(2023)は、約1400名を対象としたアンケート調査による分析で、この仮説を検証しています。
このようにジェンダーに関わる消費者行動研究において「同性への競争意識」が注目されている一方で、組織行動研究においても「心理的競争風土」(Psychological Competitive Climate)が従業員の行動にどのような影響を与えるかについて長らく研究されています。「心理的競争風土」は「従業員が組織からの報酬が『自分と同僚の業績の比較』によって決まると認識している度合い」(Brown et al., 1998)と定義され、当概念が組織に与える影響は顧客志向と連動することで財務業績に好影響を与えるとする報告(松尾, 2002)もあれば、同僚への知識の隠蔽につながるとする報告(Su et al., 2020)もなされています。
そして最近ジェンダーとの関わりが指摘されているのが「睡眠」です。Warren and Campbell(2021)は、男性は「睡眠時間の短さ」と「男らしさ」とを結びつけていて、「男らしさ」を重視する男性ほど自らをショートスリーパーだと回答することを検証しています。しかし最近では「睡眠の質」は従業員(特に男性従業員)にとって組織内の競争力の源泉だと捉えられつつあるように思います。その象徴的な例が、ヤクルトから2019年に発売された「 Yakult1000 / Y1000 」です。
「睡眠」に限らず、男性は女性に比べて健康行動全般を回避しがちであることは広く検証されていますが(Courtenay, 2000)、Yakult1000 / Y1000 のヒットは、この理解から何らかの逸脱が生じた結果である可能性があります。したがって本記事では以下の仮説を検証することにしました。
調査内容
当調査にあたっては、以下の3つの設問を聴取しました(各設問の具体的な内容は、APPENDIXを参照ください)。
同性への競争意識
心理的同性間競争風土
Yakult1000 / Y1000 の購買傾向
まず同性への競争意識は”個人的な意識”を問うもので、Otterbringら(2023)の研究でも使用された同性間競争意識尺度(Buunk and Fisher, 2009)を筆者翻訳の上、聴取しました(なお、同尺度は「優越欲」と「劣等感」の2つの因子が想定された計11問の設問で構成されていますが、当調査では前者の「優越欲」を測定するための4問を用いています)。次に心理的同性間競争風土は”職場に対する意識”を問うもので、既存の尺度が存在しないため、松尾(2002)を参考に筆者が設問を作成し聴取しました。最後にYakult1000 / Y1000の購買傾向については、当該商品の画像を表示した上で認知、購買意向、購買経験、継続購買といった購買傾向の差を5段階に分けて聴取しています。なお Yakult1000 には宅配商品の「Yakult1000」とコンビニ販売の「Y1000」がありますが、両者のパッケージを表示した上で区別せずに聴取しています。なおダミー商品として「睡眠改善薬」と「睡眠サポートサプリ」についても同様の設問で聴取しました。
分析結果
調査データの基礎情報はAPPENDIXにゆずり、本節では仮説検証のために行った分析結果を示します。
まず「同性への競争意識」と「心理的同性間競争風土」の因子分析を行いました。結果は、以下の通りです。
次に因子分析によって算出した因子得点を用いて、「Yakult1000 / Y1000」の購買傾向」(5段階)を成果変数とし、「同性への競争意識因子」と「心理的同性間競争風土因子」の因子得点を説明変数とした重回帰分析を行いました。
さらに「同性への競争意識因子」と「心理的同性間競争風土因子」の交互作用を男性サンプルに限定して検証しました。
上記図表の通り、仮説を肯定する分析結果が得られました。まとめると、
男性従業員のみ、従業員が「心理的同性間競争風土」を強く認識しているほど、Yakult1000 / Y1000 の購買傾向が高くなることが予測される。
男性従業員では、従業員個人の「同性への競争意識」と「心理的同性間競争風土」の間に交互作用があり、「同性への競争意識」のみが高い人では Yakult1000 / Y1000 の購買傾向が低くなるが、「心理的同性間競争風土」の強さと組み合わさることで高くなることが予測される。
考察
1と2の分析結果から、男性従業員のみ「心理的同性間競争風土」が Yakult1000 / Y1000 の購買傾向を予測することが明らかになりました。さらに男性従業員個人の「同性への競争意識」は「心理的同性間競争風土」と交互作用効果をもたらすことも認められました。このことはすなわち先行研究にある通り、男性個人の「同性への競争意識」にのみ注目すると( Yakult1000 / Y1000 も例にもれず)健康関連の消費に回避的になるが、一方で「心理的同性間競争風土」と組み合わさることによって、 Yakult1000 / Y1000 の購買傾向をより予測することを示しています。この分析結果は、ジェンダーが関わる消費行動において”消費者意識”のみならず”従業員意識”も視野に入れる重要性を示唆していると思います。
さらに検討すべきこと
本記事では「競争風土」と従業員の消費行動の関連を検証しました。今後は加えて「協調風土」(Cooperative Climate)などの他の組織風土と従業員の消費行動との関連を検証することで、「従業員の消費者行動」に対する理解が深まると思います。
さらに筆者が今後の検討として重要性を強調したいのは、筆者が以前検証した“社員の育休取得支援”と“サステナブル購買”の関係のような、企業が推進する特定の制度と消費行動との関連を媒介する変数として「組織風土」を想定し検証することです。「組織風土」はそう簡単に変化させられるものでありません。ですから組織行動研究では別の介入可能な変数の媒介変数として「組織風土」を捉えることで、好影響も悪影響も及ぼす”諸刃の剣"(Bani et al., 2021)である「競争風土」を飼いならすことを目指してきました。したがって本記事の先にある応用についても、特定の「組織風土」に影響を受ける従業員が、自らにとってあるいは社会にとってよりよい消費に動機づけられる「制度」の設計や推進のあり方を模索することが重要な論点となると思います。
APPENDIX
サンプルの基礎情報(有効回答)
同性への競争意識 と 心理的同性間競争風土の回答結果
Yakult1000 / Y1000の購買傾向の回答結果
REFERENCE
デヴィッド・グレーバー著、酒井隆史・芳賀達彦・森田和樹訳(2020)『ブルシット・ジョブ:クソどうでもいい仕事の理論』岩波書店
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