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「アイマイミーマイン」って変すぎない?

英語の人称代名詞の格変化を覚える際に,「アイマイミーマイン」(I, my, me, mine)という呪文を唱えたことのある人は多いだろう。
この呪文の続きは「ユーユアユーユアーズ」(you, your, you, yours),「ヒーヒズヒムヒズ」(he, his, him, his),「シーハーハーハーズ」(she, her, her, hers),「ゼイゼアゼムゼアーズ」(they, their, them, theirs)だ。
中学一年生の時にみんなが唱えていたこの呪文を未だに正確に覚えている,というわけではなく,「アイマイミーマイン」だけはなんとなく音の響きで覚えていて,残りはそれと同じ法則で並べてみた。

「アイマイミーマイン」の並び

この呪文がどういう構造になっているか,学校英文法に馴染みのある用語で言うと,「主格・所有格・目的格・所有代名詞」
代名詞の格変化なのに,一つだけ「代名詞」って名前がついていて変なので,少しマシにするために,ここではいわゆる「所有格」(myとかyourとか)を「非独立所有格」、「所有代名詞」(mineとかyoursとか)を「独立所有格」と呼ぶことにする。mine, yoursというのはmy, yourと違って後ろに名詞(類)を置かないという意味で「独立」しているからだ。
改めて書き直すと,「アイマイミーマイン」は「主格・非独立所有格・目的格・独立所有格」の順に並んでいると言える。

格変化指導の整理

談話レベルでの自然な英語使用を目指す中で,非独立所有格と独立所有格の使い分けは一つの重要なトピックだろう。

(1) Your bag is cuter than my bag.
(2) Your bag is cuter than mine.

(1)でも意味は理解できるが,英語の先生なら(2)に直したくなるのではないだろうか。

(3) Whose bag is this?
(4) It's my bag.
(5) It's mine.

(3)の問いかけへの応答として,(4)よりも(5)の方が自然だ。

英語をそれなりに学んできた人にとってはあまりに当たり前のことだが,このような人称代名詞の使い分けは学習者の躓きポイントに十分なり得る。
だからこそ,「アイマイミーマイン」という呪文が,おそらく日本全国で,おそらく何十年にもわたって,唱えられ続けてきたのだろう。

しかし,その呪文を唱えたところで,どんな時が「アイ」で,どんな時が「マイ」で,どんな時が「ミー」で,どんな時が「マイン」なのかを理解しなければ言語知識としては使い物にならない。

「アイ」と「ミー」については,一文レベルの指導で使い分けを示すことができる。

主語の位置に来るのが,「アイ」
目的語・補語の位置や前置詞の後に来るのが,「ミー」

「主語」とか「目的語」「補語」「前置詞」とか言いたくないから,呪文を唱えるのかもしれないが,とりあえず文の中でどこに現れるのか(どのような統語的機能を果たすのか)という違いだけで明確に説明可能である。

一方,「マイ」と「マイン」については,後ろに名詞が続いてかたまりで一つの名詞句になるのが「マイ」,それ単体で名詞句になるのが「マイン」という区別であり,一文の中の位置では区別できない。
また,「マイン」についてはそれが具体的に何を指すかは文脈があって初めて明らかになるものであり,一文で指導するのに適していない。

一応,(6)のような文なら一文での指導も可能ではある。

(6) The book on the table is mine.

が,「マイン」が指し示す具体的な名詞は文脈から判断されるということ,逆に言えば,文脈から判断可能な場合は「マイ+名詞」ではなく「マイン」を使うということを指導するならば,やはりそれなりの文脈のある中で,「マイ」と「マイン」を対比しながら教えたいところだ。

「マイ」と「マイン」がセットで捉えられない

見てきた通り,「アイ」と「ミー」(つまり,主格と目的格)は一文の中で現れる場所(文中の統語的機能)の違いで整理され,「マイ」と「マイン」は指し示される名詞が文脈上話し手/書き手・聞き手/読み手にとって明らかかどうかで使い分けられる。

つまり魔法の呪文「アイマイミーマイン」は,一文の中での統語的機能で整理できる「アイ」と「ミー」,指し示す名詞句を明示するか否かで整理できる「マイ」と「マイン」に分解できる。

後者を「所有格」として括り,その下に「非独立」「独立」を区別する形でまとめると,次の表のようになる。

Huddleston & Pullum (2021)を一部修正して川村が作成。ただし、ここでは再帰代名詞(-self)は省略。

この記事を書くきっかけとなった読書会で読んでいるHuddleston & Pullum (2021)にはもっと厳密に色々整理されているのだが、ひとまず「『アイマイミーマイン』って変でしょ」ということがこの表からは明らかだ。
ちなみに,同書の表では二つのhisは同一のセルの中に入れられ,「単数・男性」に対する人称代名詞の所有格は「独立」「非独立」の区別が形式上存在しないとしている。一方で,二つのherは上で私が描いたのと同じように別々のセルに入れられている。このことから,形が同じかどうかが問題なのではなく,統語的機能の分類によって整理されていることがわかる。

最初は呪文を通した暗記であっても、ゆくゆくは体系的理解をしてほしいと多くの英語教師は考えるだろう。そうで願うならば、その「体系」に繋がるような呪文にする方が合理的ではないだろうか。
(つまり、せめて「アイミーマイマイン」と覚えてはどうだろう)

呪文「アイマイミーマイン」がこれまでもたらしてきた「益」と「害」は厳密には分からない。
しかしながら、過去に自分がそう教わったからと言って、そしてそう教わって問題がなかったからと言って,その指導法を無批判に受け入れ、機械的に再生産することは、教師の専門性の観点からも少し残念なことだ。

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