バックキャスト思考×中期経営計画


企業の中期経営計画を策定するケースなどで、10年先の「あるべき姿」をまずは描き、そこから逆算して今後3年間の計画を策定するような「バックキャスティング」の思考で戦略策定を行う企業が増えています。今回は「戦略をバックキャスト」で描くべき理由とポイントを整理してみます。

まず「バックキャストで戦略を描く」とは、「未来のあるべき姿を大胆に構想してそこから逆算して企業の戦略を立てること」です。逆に、現状の課題から発想してできることを積み上げてそれを戦略として形にしていくことは「フォアキャストで戦略を描く」と言われ、これはバックキャスト思考とは逆の思考様式となります。

 業界全体が右肩上がりで拡大している場合、フォアキャストで戦略を描くことは理にかなっているケースが多いです。なぜならば、「現状の改善」がほぼ確実にそのまま成長につながるためです。しかし、現代は全業界で成長が続いている訳ではないですし、そもそも事業環境の変化も1年先すら全く読めません。したがって、フォアキャスト的な考え方で「既存の事業の改善」をベースにした戦略を実行するだけで、企業を”大きく”成長させるのは、多くの企業にとっては無理といえる状況です。

「戦略をバックキャスト」で描く理由は下記2つがあると思っています。

① 事業ポートフォリオの大きな変化を実現する
② 既存の延長線上の発送では生まれないアクションを生む


① 事業ポートフォリオの大きな変化を実現する
 多くの企業にとって「既存のコア事業の売りを落とさず、どう新規事業の割合いを高めていくか」はまさに経営テーマだと思いますが、それを実現するには1年や3年では短すぎます。なので、ある程度の大きな時間軸で現実味のある絵を描き、「新規事業を生み出す意志・方針」を伝達して、社内外を適切な方向に動かしていく必要性があります。

② 既存の延長線上の発想では生まれないアクションを生む
 ①に関連しますが、「会社の変化の絵」は決して既存の延長の思考では生み出されません。なぜならば、「会社の変化の絵」の中には、ほぼ必ず今はまだ形になっていない事業が含まれているからです。バックキャストで戦略を描くべき意義はここにあります。バックキャスト思考の根幹となる考え方は「小さな改善」ではなく「飛躍した構想」です。つまり、”少し先”の状況が見えないからこそ、あえて”もっと先”の「あるべき姿」を大胆に描きます。そのような「あるべき姿」を従業員が認識していると、大きな事業環境の変化や日々起こりうる問題を「あるべき状態に達成するための制約条件」としてポジティブに捉えられるようになるため、事業環境の変化や日々起きる問題に対して「どうこの問題に対処するか」という守りの姿勢ではなく「今このような状況の中、あるべき姿に到達するために今後何をしていくべきか」という生産性の高い問いに、思考や行動を集中することができます。人間の思考様式として「できることから」直線的に考える方が直感的には馴染みやすいのですが、大胆に設定された「あるべき姿」から発想されたアイディアやアクションの価値は時に「改善」から生まれた価値の何十倍にもなります。


 バックキャストで戦略を描く理由は上記だと考えていますが、これをいざ実行する際に陥りがちなのは、やはり「現状との比較」に意識・思考が引っ張られすぎることです。上記のような明確な目的とそのメリットを理解してバックキャストで戦略を策定していたとしても、戦略を社員へ共有することなどを見据えて策定しようとすると、やはり「現状の主要事業の人から見て、この目標はどうなんだろう」「結局10年後も、コアな事業は変わっていないだろう」「既存事業から見てどう見えるんだろうか」という「現状との比較」に意識・思考が引っ張られすぎ、「あるべき姿」を大胆に描けなくなることはよくあります。その結果として、代わり映えのしない「無難な」あるべき姿に収まり、未来への変化を生みだすパワーが生まれない可能性もあります。このように「現状との比較」が極端に意識されて「あるべき姿」が策定されてします理由の一つは、間違いなく「経営陣(戦略策定の責任者)の思考様式がシフトできていないこと」だと思います。流行りの概念ではあるのですが、実際、経営陣がバックキャストでの戦略策定の必要性と有用性、積み上げ型の戦略策定の限界を肌に染みて感じていない、という可能性は多いにあります。高い業績目標を課せられている経営者からすると、「とはいえ、まずは既存事業の成長によって結果を出す」という意識は合理的ですし、それで成功してきているので自然なことではありあます。が、このような意識が先行している状況でバックキャスト的な戦略策定を行っても、途中で「なかったこと」になり、最終アウトプットが「ありきたりなビジョン」で終わってしまう可能性が高くなるので注意が必要です。

以上の背景から、バックキャスト思考で戦略を立てる際には下記を抑える必要があると思っています。

・バックキャストでの戦略策定の思考様式とその必要性を、戦略策定に責任を持つトップ(経営陣や部長など)が腹に落ちて理解していること
・「長期での大きな成長」の必要性を自分ごと化するために、経営陣の業績目標の時間軸を長期でも設定すること
・そして、既存の事業の改善だけでは決して達成し得ない業績目標であることを数値として理解し、「将来のあるべき姿」をあえて大胆的に描く必要性を認識してもらうこと
・戦略策定の際には「現状との比較」は最終化する段階まで意識的に我慢すること。比較するべきは「将来の世の中」であり「今ここ」ではないという前提で、普段と違うモード・スタンスでの議論構築を意識して進める。


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