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高円寺の街に根ざす老舗銭湯、小杉湯から次々と新しい企画が生まれるワケ【銭湯のTAKURAMI】

「TAKURAMI STORY」では、商品、映像、音楽、写真、物語など世の中にワクワクする企画を提案してきた方々をお招きし、業界や肩書に捉われず、その企みを紐解きます。今回登場するのは、高円寺の老舗銭湯「小杉湯」の三代目・平松佑介さん。

銭湯で音楽ライブを開催したり、銭湯の近くに暮らす街の人を集めて本屋を企画したり、銭湯付きの物件に住む暮らしを提案したり。

「お風呂に入る場所」という既存のイメージを超えて、銭湯の可能性を拡張してきた、昭和8年(1933年)創業の高円寺の老舗銭湯・小杉湯。

2023年5月末には、来春2024年に2店舗目となる銭湯「小杉湯原宿(仮称)」を出すことを発表しました。

なぜ小杉湯では、ユニークな企画が次々と生まれるのか?
小杉湯の企画はどのようにして考えられているのか?

そんなことが気になって、小杉湯3代目当主の平松佑介さんを訪ねました。

1日に2回は小杉湯のお風呂に入るという平松さん。たくさんの企画が生まれる理由の根本にあるのは、「僕がここで暮らしていて、ここが自分の日常であり、居場所になっているから」と言います。

「企画」と言うと、非日常的なイメージや、ちょっと肩肘張って考えるものと思われがち。ですが、小杉湯から多くのプロジェクトを送り出してきた平松さんの企画の出発点はいつも、「自分の暮らしの風景から気づいたこと」。

「自分ごとになっていることから企画すると、わざわざ捻り出して考える必要がない」と言う平松さんに、小杉湯の企画の考え方や、原宿の新店舗で実現しようとしていることを聞きました。

自分の暮らしから企画が生まれている

──小杉湯は銭湯でライブを開催したり、最近は、半径500メートルの関係性の方々と本屋を企画したり。小杉湯のすぐ隣に位置する会員制スペース「小杉湯となり」からも、日々新しい企画が生まれています。平松さんにとって、小杉湯がやっている企画とはどういったもので、何を目指しているのでしょうか?

たしかに、小杉湯も、小杉湯となりに関しても、「よくそんなにいろんな企画をやっているね」と周りの人たちから言われることは多いですね。

いろんな企画をやっているけど、僕にとっては、単発で別々の企画をやっているという意識はないんです。小杉湯を起点に生まれているいろんな企画は全部、100年後も小杉湯が続いていくためにやっていることだと思っています。

──すべてがひとつのゴールにつながってるようなイメージ。

祖父、父から家業を継ぎ、6年走ってきて思うのは、銭湯の経営はとても難しいということ。それは始めた頃よりも感じています。

一方、6年やってきて、この小杉湯や銭湯という場自体が、社会に必要な存在だという実感もどんどん強まっています。辞める選択肢はもともとなくて、ただ考える時間軸が、次の代へ渡すための30年とかではなく、4代目、5代目、6代目と続いていってほしいというふうに、もっと大きな未来へと変わっていった感覚です。だから50年後、100年後も小杉湯を続けたい。

──100年後も小杉湯を続けていくためのさまざmな企画を、平松さんは日頃、どういったことから考えているのでしょうか。

あんまり、仕事で企画しているという感覚はないんですよね。自分の暮らしている空間に人を呼んで楽しんでもらうにはどうしたらいいのかを考えている、みたいな感覚で。

──自分の暮らしがアイデア発想のベースになっている?

そうですね。小杉湯からいろいろな企画が生まれている理由は、僕がここで暮らしていて、ここが自分の日常であり、居場所になっているからというのが大きいと思います。

意外と、銭湯を経営していて、自分のとこの銭湯に入るって珍しいみたいなんですよ。でも僕は一日2回くらい入る。それは自分が暮らしている空間で、お客さんの表情や動きといった、風景を見たいからなんですよね。

その見えた暮らしの風景から、「こういう気持ちになってもらいたい」「こんな表情になってもらいたい」とつくりたい風景を描き、それを具現化するためのことを企画にしているという感覚です。僕にとっての企画は、つくりたい風景をつくることなんだと思います。

自分ごとから企画すると、捻り出して考えなくていい

──「自分の暮らし」がベースにあって生まれた企画は、どんなものがありますか?

例えば、銭湯ぐらしプロジェクト。もともとは、小杉湯の隣には祖父が購入した風呂なしアパートがあって。それを僕が家業を継いでから1年後のタイミングで、解体して小杉湯の新しい施設にしようと考えていたところから始まったプロジェクトです。

解体したあとにどんな施設にしようかと友人に相談していたら、高円寺に建築やコミュニティデザインを専門とする加藤という人がいると教えてもらって。

加藤に相談したら、「風呂なしアパートを解体するまでの1年間、銭湯つきアパートという名前にして、住む人が自分たちの暮らしを自分たちの手でつくるような取り組みをやってみましょう」と提案してもらって、すごく面白いと感じたので、実行することにしました。

そこから1年間、クリエイターやアーティストに住んでもらって、彼らが持つ専門性と銭湯を掛け合わせて何ができるのか、実証実験的にやってみたんです。

──銭湯ぐらしからはどんなことが生まれていったのでしょう。

銭湯付きアパートに住んでいる彼らが、銭湯のある暮らしから見えた風景から次々と新しいイベントを企画していきました。例えば、「銭湯で音楽ライブをやろう」と言ってひとつのイベントが実現できたら、「じゃあ演劇もできそう」「ダンスイベントもできるかも」といったように。

小杉湯の企画って、僕やスタッフだけじゃなくて、小杉湯のお客さんからどんどん新しい企画が生まれているのもひとつの特徴だと思います。それもやっぱり、企画する人にとって、小杉湯や高円寺が自分ごとになっているからだと思うんですよね。

自分ごとになっていることから企画すると、わざわざ捻り出して考える必要がないんです。


銭湯つきアパートは2020年に「小杉湯となり」として生まれ変わり、オープン。小杉湯のお客さんが、自分たちの体験してきた銭湯のある暮らしをもっといろんな人に体験してほしいと生まれた、会員制のシェアスペース。運営が株式会社銭湯ぐらし(写真提供:小杉湯)
1階にはキッチンとテーブル席、2階には畳のコワーキングスペース、3階に個室を備え、湯上がりにくつろいだり仕事や食事をしたり、もう一つの家のように使うことができる。平日を会員制シェアスペース、休日を誰でも利用できる飲食店として営業中(写真提供:小杉湯)

──代替わりしてから6年間経営されてきて、様々な企画が100年後も小杉湯が続く力になっている実感はありますか?

いろんな取り組みを続ける中で、「小杉湯があるから高円寺に引っ越してきました」という方もいらっしゃって、小杉湯の半径500メートルくらいの範囲で、小杉湯が自分の家のように居場所になっている人が増えている実感があります。小杉湯が銭湯で、小杉湯となりが食堂で、自分の家が寝室、のように。そういった新しいライフスタイルだけでなく、小杉湯や小杉湯となりを起点に、新しい人と人の接点も生まれ続けています。

これから先、入浴料だけで続けていくことのが難しいと、コロナやエネルギー価格の高騰で痛感していて。そんな情勢の中で、様々な取り組みを通じて築いてきた半径500メートルの人との関係性って、小杉湯が続いていくための財産だと改めて感じたんです。その500メートルの関係性は、小杉湯だからこそ築けた社会的な資本だと思っていて、大切にしながらもどうビジネスに繋げていけるのか試行錯誤している日々です。

「仮説、実践、また仮説」というサイクルで次々企画が生まれる

──ここまでのお話から、まずは自分ごとになっていることから考えると企画がしやすいとわかりました。企画の一歩として、身近なことを流さずに、もっと自分ごとにしていける方法を考えてみたいです。

住んでいる街も、住んでいるだけで自分ごとになっていないケースってたくさんありますよね。大切なのは、自分の暮らしに企画になる仮説みたいなものがあると、気づくことだと思います。探すんじゃなくて、すでにあるものに気づく。

企画って、ちょっと非日常的なことだと捉えられがちですよね。でもそうではなく、「もっとこうしたら自分の暮らしがよくなりそう」「楽しくなりそう」のような仮説が日常の中にあると、まずは思ってみることから、仮説に気づき、じゃあ何をやるかという話へと進んでいけると思います。

あとは、その気づいた仮説を小さくても試すことが大切だなと、小杉湯の学生企画チーム「BUKUBUKU」の活動を見ていても思います。

──BUKUBUKUからも、高円寺のお店とコラボした企画がたくさん生まれていますよね。

写真は高円寺のコーヒースタンド「INCredible COFFEE」とのコラボ企画、コーヒーの出涸らしを調合してつくったコーヒー風呂(写真提供:小杉湯)

たくさん企画が生まれるのは、日々の生活から自然とアイデアが見つかるからというだけでなく、実践することで人の反応など、風景が見えるからだと思うんです。それが次の企画につながっているんですよね。

日常の中から小さな仮説を持って、その仮説を試して、見えた風景から得た気づきをまた試してみる。このサイクルが続いているんだと思います。

──実践を重ねることで、企画力も洗練されていきそうです。最後に、小杉湯が発表した原宿の新店舗について、どんな企画を考えているか教えてください。

原宿でも高円寺でも、やることは変わらないと思っています。

もともと、僕自身、「小杉湯を100年後も残していくためには、どうすればいいか」をずっと悩んできました。高円寺という街が大好きだし、小杉湯は小杉湯で十分素晴らしい。だけど、自分達がその良さを分かっているだけでは足りないと思ったんです。

詳しくは、ぜひ小杉湯で書いたnoteを読んでいただきたいのですが、ニッチでローカルに愛される場所を続けることは簡単ではないんです。

小杉湯を残すために、世の中に銭湯が必要な理由を言葉にして伝えていきたいと思い、原宿に出店することを決めました。だから、新しく作る原宿店は、高円寺の小杉湯で生まれている風景、やり方を持っていきたいと思っています。

原宿という街でも、日常の中で人と人、人と街をつなぐ場をつくる。それは小杉湯がずっとやってきたことです。

小杉湯は、小杉湯です。
原宿という街で生きる皆さまの日常を支える「小杉湯 原宿(仮称)」。
富士山の壁画、白いタイル張りの浴室、ケロリン桶にミルク風呂。
サウナはありません。温かいお風呂と水風呂で体がゆるまる温冷交互浴。生産者と繋がるイベント風呂や物品販売。原宿の地域と繋がる取り組み。番台と番頭とお客さん。
モットーは、きれいで、清潔で、きもちのいいお風呂を沸かすこと。
(小杉湯note『拝啓 小杉湯のお客さまへ』より引用)

とはいえ、銭湯を0からつくるのは初めて。不安もありますが、小杉湯なりのやり方を大切にして、頑張りたいと思っています。

■プロフィール

平松佑介・小杉湯三代目
1980年、東京生まれ。昭和8年に創業し、国登録有形文化財に指定された老舗銭湯「小杉湯」の三代目。空き家アパートを活用した「銭湯ぐらし」、オンラインサロン「銭湯再興プロジェクト」など、銭湯を基点にした繋がり、また、さまざまな企業や団体とコラボレーションした独自の企画を生み出している。2020年3月に複合施設『小杉湯となり』、2024年4月には初の2号店目となる『小杉湯原宿(仮称)』をオープン予定。

取材・文 小山内彩希
取材・編集 くいしん
撮影 安永明日香