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いま社会に求められている空想力。アイデアを無限に膨らませる作家・田丸雅智さんの発想法。【ショートショートのTAKURAMI】

「TAKURAMI STORY」では、商品、映像、音楽、写真、物語など世の中にワクワクする企画を提案してきた方々をお招きし、業界や肩書に捉われず、その企みを紐解きます。今回登場するのは、ショートショート作家の田丸雅智さんです。

ショートショートとは、短くて不思議な物語のこと。

ショートショート作家の田丸雅智さんは、ユニークな作品を数多く手がける現代ショートショートの第一人者です。作品はドラマや短編映画としてメディア化されたり、小学校と中学校の教科書にも採用されています。

また、短い物語という特性を活かし、レシートなどの隙間に物語を埋め込む「スキマジャック」や、芸人さんとの即興創作ライブの開催、サッカーチームや企業とのコラボなど、書籍という枠組みを超えて、生活の中でショートショートに触れられる取り組みを多数企画しています。

もうひとつ、田丸さんがユニークなのが、執筆活動だけでなく普及活動としてショートショートの「書き方講座」を行っていること。

これまで10年間、2万人以上の人が参加したこの講座は、「ワークシートを使いながらショートショートが書ける」というもので、一般の人向け・学校・企業・少年院など、全国さまざまな場所に加え、海外でも開催されています。

物語を発想するための空想力は、仕事にも活きる力」と話す田丸さん。

ショートショートのアイデア発想から、アイデアを飛躍させ印象的な物語に落とし込む方法、そして空想力を培うためのトレーニングまで聞きました。

ひとつのアイデアから物語を発想する

──ショートショートはひとつのお話が短いので、一冊の本にするにはたくさんのお話が必要ですよね。田丸さんはどうやって物語のアイデアを発想しているのでしょうか?

まず、ショートショートではアイデアが肝になります。短いお話なので複数のアイデアを盛り込むのではなくて、基本的には一言で言えるようなワンアイデアから発想を膨らませて物語を紡ぎます

僕の場合でいうと、日常生活や身近なことから発想することが多いですね。たとえば、『憂鬱探偵』という本では、「電車で足を踏まれる」とか「定食屋で自分の注文したものだけ全然出てこない」のような日常の憂鬱あるあるを題材にしたお話を連作形式で書きました。

ある日、憂鬱探偵のもとに「電車で足を踏まれるんだけど、理由を探ってください」と依頼者がやってくる。調べてみると、電車で足を踏んでくる人の中には「足踏み師」なる人がいることがわかって、その人に着いていくと「足踏み道場」があって、足を踏まれて「ギャー!」と言いながら健康になっている人もいて……。

──まさかの展開に思わず笑ってしまいました。

この作品を読んでも憂鬱な出来事そのものはなくなりませんが、次に電車で足を踏まれたときに「もしかして、足踏み師?」という感じで、ちょっと気分がラクになるかもしれない。日々の憂鬱も気の持ちようで少しでも変わったらいいな、というのが『憂鬱探偵』という本のコンセプトです。

ショートショートの場合、一冊の本を編むときには、物語の収録順にも気を配ります。音楽のアルバムや野球の配球などと同じような感覚。アップテンポな曲の次はスローテンポに、160kmストレートが続かないよう変化球を交えようといった感じです。『憂鬱探偵』の場合だと、「今回はアナログ系の憂鬱だったから次はデジタル系の憂鬱をテーマにしよう」など全体のバランスを考えます。

『憂鬱探偵』の場合はちょっとした連作になってはいるのですが、ショートショートの作品集は基本的にそれぞれ独立した話なのでどこからでも読むことができて、それが魅力のひとつでもあります。その上で、読む順番でまったく印象が異なってくるものでもありますので、著者としては最初から読んでいったときの流れを考えながら一冊を編んでいます。

──『憂鬱探偵』では、日常のあるある体験からアイデアを発想したということですが、ほかにもアイデアの発想方法ってありますか?

一番簡単なのが、僕が書き方講座でお伝えしている、言葉と言葉を組み合わせてアイデアをつくるという方法です。

まず①のところに、思いついた名詞をなんでもいいのでいくつか書きます。たとえば、「ガラス」「粘土」「太陽」と書きますね。次に書いた名詞の中から1つを選んで、その1つから思いつく言葉を②に書きます。たとえば、「太陽」という1つを選んだら、「発電に使える」「マグマみたい」「皆既日食」のような感じです。最後に、②に書いた言葉と、①に書いた太陽以外の名詞と組み合わせます。

そうすると「発電に使えるタコ」とか「ぽかぽかする傘」のような、不思議な言葉ができあがりますね。この言葉をもとにショートショートを考えていきます。

──連想ゲームみたいな遊びから、考えたこともなかった言葉が生まれました。

言葉と言葉を組み合わせるって、アイデアの世界では王道中の王道の手法ですが、いきなり「『太陽』と『タコ』を組み合わせてください」と言われても最初は難しい。そこで、片方の言葉の要素をくずしてあげて簡単に発想できるようにしたのが、僕のメソッドのエッセンスです。

物語は100%書ききらず、読者に想像の余白を残す

──ワンアイデアからどんどん発想を飛躍させて物語を展開させていくときには、どのように考えているのでしょうか?

僕の場合は、最初にプロットをつくることが多いです。物語の設計図のようなものです。

たとえばさっきの「発電に使えるタコ」からお話を考えるなら、そのタコにまつわるメリットやデメリットって何だろう?と考えて、A4の紙にバーッと書いていく。使う人への影響とか、立場や役職が違えばメリットも変わってくるだろうとか、いろいろな角度から想像してみます。

書き方講座にも田丸さんのプロット制作のプロセスが盛り込まれている

そうやって結末までの展開をプロットとしておおざっぱにつくったら、それをワードに起こして執筆をはじめます。

現代ショートショートは「アイデアがあって、それを活かした印象的な結末のある物語」で、結末にオチが必要なわけではないのですが、わかりやすいオチをつけることもあれば、洒落て終わらせたり、フワッと終わらせることもあります。どういう作品にしたいか、どういう読後感にしたいか考えて決めています。

──A4の紙には物語には入りきらないアイデアがたくさんあるということですよね。盛り込みすぎるとショートショートには向かないということで、どこを書かないと決めるのも重要なのかなと感じました。

ショートショートは省略の小説形式なので、想像の余白があったほうが面白いんです。書かれていないことをいかに想像させられるか。逆に言うと、仮に100%を書きこんでしまうと書かれてあることがすべてになって、読者の方の中で想像が広がっていかないんです。

イメージとしては、僕が原液をお渡しして、受け取った方の中で広がってちょうどいい塩梅となって、物語が完成するような感じです。ショートショートは読者参加型に近い小説形式だと思っています。

──田丸さんは執筆以外にもさまざまな企画を立ち上げていますが、たとえば企画書を書く場合だとどうですか? まわりに突っ込まれないように抜け漏れなく書くか、余白を残したほうがいいのか。

目的によりますよね。プレゼン後に自分の手を離れて企画書だけがひとり歩きするような状況であれば、誤解を招かないように抜け漏れなく書いたほうがいいでしょうし……。

ただ、企画書であっても、作品づくりであっても、僕は自分の思いを一番大切に考えます。

「こういうのウケそうだから」とつくるのではなくて、自分が本当に面白いと思えること、心臓がドキドキしたり、胸がワクワクするようなことを企画や作品にしたい。その思いを言葉にしてまとめるようにします。

いい企画には、企画者の思いがセットでないといけない。ワンアイデアは言葉遊びで無限に生み出すことができますが、プロとして人に伝えるための企画や作品にする場合には、思いが自分の中に落ちていないといい企画にはならないと思っています。

ショートショートを書く力は、社会を生き抜く空想力

──ショートショートの発想法から、「企画には思いが大切」ということまで伺いましたが、改めて田丸さんにとっての「企画」とはどういうものでしょうか?

自分が本当に面白いと思って取り組んでいることを、誰かと共有するために行うことです。人と共有するための道筋すべてが企画だと思っています。

ショートショートの作品づくりも、書き方講座やスキマジャックなどの活動もすべて、「誰かと共有したい」という本質は同じです。

いろいろな隙間に物語を埋め込む「スキマジャック」の活動では、ショートショートが掲載されたレシートを発券したりした

──作家になってすぐに書き方講座を始められたのも、人と共有するという考えとつながっていそうですね。

書き方講座は、僕自身が楽しくて幸せだからやっているというのが一番ではあるのですが、ショートショートを広めて仲間を増やしたいという思いがあります。

受けていただいた方からの声でいうと、特に学校からは、「本当に書けるんですね!」と言われることが多いです。そのくらい、みんな書くことに苦手意識がある。講座を通して、書くことの成功体験を得てもらったり、アイデアの発想力も鍛えられますし、出したアイデアをパズルのように組み合わせて物語にする過程で論理的思考力も身に付きます。

こういったショートショートで培える力はビジネスの現場からも求められていて、書き方講座を企業版に発展させた、「ショートショート発想法」というワークショップも行っています。社員の方が書いてくださった荒唐無稽な物語の中から新しいサービスや商品を考えるというもので、おもしろいアイデアがたくさん生まれてきています。

──ショートショートを書く力はそのまま社会で活かせる力ということですね。

空想力って、クリエイティブな仕事だけではなく、どんな人にも必要な力だと思っています。

現実を見て、目の前の仕事をこなすのも大切ですが、これまで人類が未来を切り拓いてこられたのは空想力があったからだと思います。一人ひとりが自分の内側に眠っている空想力をだれもが解放することができたら社会はもっとよくなるはず。

僕はそう信じているので、遊びやスポーツなど色々なものと掛け合わせながら、多くの人にショートショートと出会ってもらえる機会をつくっていきたいと考えています。みなさんも、ぜひ一度書いてみてください。本当に、だれでも空想する力、そして物語を書く力を持っていますから。

■プロフィール

田丸雅智
1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部卒、同大学院工学系研究科修了。現代ショートショートの旗手として執筆活動に加え、坊っちゃん文学賞などにおいて審査員長を務める。また、全国各地で創作講座を開催するなど幅広く活動している。ショートショートの書き方講座の内容は、2020年度から小学4年生の国語教科書(教育出版)に採用。2021年度からは中学1年生の国語教科書(教育出版)に小説作品が掲載。著書に『海色の壜』『おとぎカンパニー』など多数。メディア出演に「情熱大陸」「SWITCHインタビュー達人達」など多数。田丸雅智 公式サイト:http://masatomotamaru.com/


取材・文 宮島麻衣
取材・編集 小山内彩希
編集 くいしん