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試合前日…。

フットボール観戦は前日が楽しい。前にもこんな事を思ったけ。きっと疲れているんだ。だとすればこれは"deja-vu"だな…。

前夜にベッドにもぐりこみ、今宵用意した数々の愛するクラブの赤黒の物の気配を傍らに感じながら、あくる日の起こることへの妄想と、ここまでの単調という日常を過ごしてきた自分へのねぎらいを重ねている幸福感を、真っ暗な部屋で味わっている時がもしかしたら僕にとって一番楽しいのかもしれない。

それは「ホームゲーム」という言葉に「距離」や「時間」をかけあわせる公式が使える広い北の大地の、その中でも北の端に住む僕の特権だ。

明日のゲームのスタメンを暗い部屋の宙に描く。

札幌ドームの匂いを見て、試合開始までのイベントのスケジュールを何度も味わい、久しぶりに会う友の顔を手探りで嗅ぎわける。その片手には小麦色をした飲み物があり、それを一気に飲み干す。「至福の時間」だ。

でも、その一方で明日という日々を勝ち得るために戦ってきた僕の日常での退屈ぶりを同時に思い浮かべる。それはとどまることやめず、なぜか僕がしてきた今までの人生の分かれ道の数々の選択を一つ一つやり直しはじめる。その行為はまるで試合前にピッチに水を撒くかの如くボールを転がし続け、残念なことに何度選択を繰り返しても試合前夜の夢想は僕を同じ北の端の街の退屈な日々という「ゴール」にいとも簡単にたどり着かせる。「ゴール」なんてものは簡単だ。でもそれは得点ではなくオウンゴールかもしれない。でもそれが、オウンゴールだとしてもやっぱり試合前日は楽しい。そしてその考えは試合前日を竜宮城で宴を過ごす僕を、この考えに辿りつかせる。

たとえば明日コンサドーレが負けると知っていたとしても僕は札幌ドームに向かうのだろうか…。

僕がドームに行ったところで赤黒のクラブのその結果に微塵の影響を与えることなんてできない。負けない雰囲気を作り出すことくらい。それだって本当にそうなのかわからない。それは決して後ろ向きな思いでもなんでもなくて僕にできることといえば海辺で虐められている亀を子供たちから助けてあげることくらい。そしてそのご褒美に僕を退屈な日常からこの試合前夜に竜宮城へ連れて行ってくれるはずだから。負けるという事実がきまっていて、それがわかっていたのしても…。

もし…。

もし、亀に乗って竜宮城に行ったのが
僕だけでなく、僕の日常まるごとだったらどうなるんだろう。明日の試合だけじゃなくて、つらかったコンサドーレの歴史も、馬鹿にされた日々も、歓喜の夜も、友との乾杯も、そしてこの僕の退屈な日常や、今までの人生の選択も。そして明日の敗戦も…。全部が亀に乗って竜宮城に行ってそして揃ってこの試合前日に帰ってきたとしたら、それでもやっぱり数百年の歳月がたっていることになるんだろうか。僕自身が「永遠」にきづかなかったとしても。いやそもそ「時間」とは何なんだ。さっきから僕は「日々」とか「歴史」とか「明日」とか「未来」とか…。

「なまじ客観的な時間とか空間とか考えるさかい、ややこしい事になるんとちゃいまっか?帯に短し待つ身に長しと言いまっしゃろ。時間なんてもんはアンタ、人間の自分の意識の産物なんてもんと思たらええのや。世界中に人間が一人も居らなんだら、時計やカレンダーなんかなんの意味があるちゅうねん。過去から未来へと行儀よく流れてる時間なんてはじめからないんとちゃいまっか…」

いつか見た映画のセリフを暗い部屋でリフレインさせながら僕は「退屈な日常」は「時間という軸」に甘えている「退屈な僕」の産物で、この色んな想いを巡らせる「楽しい試合前日」に前も後ろも、過去も未来もない。全てがそうだとしたら「軸」のない「時間」の世界で今夜、明日コンサドーレが負けると知っていたとしても僕は札幌ドームに向かうのだろうかと

やっぱり、行くんだろうな…

明日の負けも、降格も、涙も。目を覆いたくなる選手の怪我も、理不尽な判定も、誰かとの別れも、帰路の長い運転も、そしてそのあとのまたやってくる退屈な日常も。

その全てが同時にわかっていたって、やっぱり僕は明日札幌ドームに向かうんだろう。全てを味わい、全てに一喜一憂し、全てを受け入れながら「明日」ホームに向かう。この試合「前日」をまた迎えるために。

いかん、いかん。試合前日の妄想は明日に影響する。僕は太郎がそうしたように堂々巡りの妄想から玉手箱を開き時間の軸を取り戻す。これは軸に甘えて生きてきた男の悲しい妄想だ。「老い」というものだ。老いることこそ過去を振り返る、老害の、うるさい奴の、美好的夢想だ。その老いをも受け入れ今夜はもう寝よう。楽しい試合前日に終止符を打つ。僕にだって夜はあけるのだから。そして夜が明けて明日僕はきっとこう思って家を出るんだろう。

今日一日を乗り越えれば明日は試合だ。

フットボール観戦は前日が楽しい。

前にもこんな事を思ったけ。きっと疲れているんだ。

だとすればこれは、"deja-vu"だな。

って…。




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