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鳥好き探偵と剥製屋敷の怪・後編(小説)

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ミステリ作家、大鷲春男の書斎は一風変わったつくりをしていた。1階から2階までの吹き抜けで、2階は庭に向かって張り出している。

2階部分まで高く聳える壁一面の本棚を見ながら、上の方の本は日焼けしそうだし取り出すのも不便だな、と鵲は思った。


「その手帳は、この机の上に置いてあったんですね。ここに来たのは何時ごろ?」
「コンサートが始まるまではホールにいて、1曲だけ聴いたあとにホールを出たんで、12時7、8分くらいかな……」

大鷲の第二秘書、山鳩は今は亡き懸巣氏のデスクの前に立ち、上を見上げる。螺旋階段を登った先には大鷲のデスクがある。

「2階で特に変わった様子はなかったですか? 人の気配がしたとか、何か物音がしたとか」

山鳩は少し気まずそうな顔になり、頭を掻いた。

「実は、駒鳥ひかりのコンサートに戻りたくて、意識がそっちにいってしまってて……本当なら鵲さんがどこかにいないか探すとかした方が良かったんでしょうけど。手帳だけとりあえず持って、すぐホールに戻ったんです」

ファンなんですよね、サイン欲しかったけどそれどころじゃないな、という若い秘書の口調はどこかのほほんとしていた。

「戻る途中でも、何も気づかなかったですか?物音とか...…懸巣さんがプールに落ちたとしても、多少音はするはずです」
「うーん、急いでたからなあ...…二曲目は『コザクラインコの歌』だったんですよ!? 生演奏はやっぱりよかった...…ああ、1階にいても階段近くまでくると結構コンサートの音が漏れてたんで、仮に音がしても聞こえなかったかもしれない」

防音設備とか全然なんですよこの家、と山鳩は言った。ホールで聞いていた鵲にもそれはわかった。

その時、書斎のドアが開き、二人の男が中に入ってきた。招待客の山瀬と、おそらく彼の部下らしき人ーー山瀬は彼を椋本と呼んでいた。

「刑事課はいつ来るんだ」
「ここに来るまではあの悪路ですし、4、50分はかかると思います」
「それまで現場保存だな...…おい、あんたら何してる! 関係者は全員、ホールで待機だ。勝手に入ってくるな」

山瀬に押し出されるようにして、鵲と山鳩は渋々書斎を後にした。山瀬は「書斎に勝手に入るやつがいないようそこで見張っておけ」と椋本に指示すると、2人を連れてホールへ向かう。


懸巣が転落してからの山瀬の行動は早く、さすがは警察官といったところだった。

まずは正門を封鎖し、庭にいた招待客たちを中に入れ、全ての出入り口に鍵をかけさせた。庭も書斎も、最寄りの翡翠署の鑑識が到着するまでは封鎖。

「状況から見て、事故だとは思うけどな。あのままにしていたらここの連中が現場を踏み荒らすだろうから」

山瀬は苦々しそうな顔でそう言った。招待客や取材に来ていた雑誌記者が写真を撮るのをやめさせるだけで一苦労だったようだ。

「いえ、事故ではないんじゃないでしょうか。あのプール、水深が2メートルもありません。普通に落ちたなら自力で出られるはずです...…失神していたりしなければ」

鵲は遺体の後頭部にあったこぶのことを話した。医者である白原がこれは何かにぶつけたか殴られた跡だと診断したことにしたがーー彼はよく考えたら内科医だ。それも消化器内科。

山瀬は面倒くさそうにため息をついた。

「...…そういうことは、刑事課が来たら証言してやってくれ。とにかくここで待機しててくれ」


ホールの中には、招待客46名(名簿の人数と一致するため途中で帰った者はいない)、大鷲夫妻、使用人たちが不安そうな面持ちで待機していた。鵲を見つけた白原がブンブンと手を振る。

「鵲くん、どこに行ってたんだね。行方不明だったから、君が犯人なんじゃないかとあらぬ噂が立ってたところだよ」

肘掛け椅子に座った大鷲は、山瀬に鵲が探偵だということを伝えたが、山瀬の顔はますます険しくなっただけだった。

「まだ事件だと決まったわけでもないのに、勝手に犯人を探すのはやめてくれませんか」
「そうは言うけどな、山瀬。遺体の状況から見て事故にしては不自然だったというじゃないか。もし犯人がこの中にいるならーー懸巣のために見つけてやらねばならん」

老作家はワイングラスを手に持ったまま、熱に浮かされたような調子でそう言った。その手が細かく震えていることに、鵲は気づいた。

「あいつは本当にできた秘書だった。長年勤めてくれた礼としてコレクションの一つを譲ろうと言っても固辞するような、律儀な男でね。時計も今持っているものでいい、茶碗は飾る場所がないと断られた」

時計は100、陶芸は倉庫に200ほどはあるから、1つや2つなくなっていても私にはわからんがね、と言って大鷲は笑った。

努めて明るく見せてはいるが、懸巣を失ったショックが大きいのはこの人だろう、と鵲は哀れみをこめた目で大鷲を見た。

一方隣に座った那津は、完全な好奇心で目を輝かせていた。
「ねえ、こういう時って、まずは第一発見者を疑うものよね? 本人を前に言うのはどうかと思うけど...…懸巣は駒鳥さんに『こんなしょぼい音響設備のホールでは歌えない』って言われてたみたいよ」

その言葉に、一同の注目は一気に人気歌手に集まる。駒鳥は青ざめながらも、鷹揚とした笑みを浮かべていた。

「あら、わたしはそんなこと申し上げていませんわ。大鷲先生のお宅で歌えること、とても光栄でしたし。それに、秘書の方が落ちた時刻、わたしはここでステージに立っていましたのよ?」

「ステージの前に殺しておいて、腕時計の時刻を早めたとか」
「それは無理だと思います、奥さん。キッチンにいた使用人の方々が、コンサートをしていた時刻に庭の方で物音を聞いたと証言しています。コンサートの音でかき消されてはっきりは聞こえなかったとのことですが」
「コンサート以前は僕が雑誌記者の方にお庭を案内していましたから、流石にそこに落ちてきたら気づきますよ」

山瀬と山鳩に言われ、那津はつまらなさそうに「鉄壁のアリバイってことね」と言った。

「逆に、駒鳥さんとキッチンにいた使用人たち以外ーー招待客のみなさんと私、それから山鳩には犯行が可能だろう。ホールは開放していて人の行き来があった。皆ステージに夢中で、誰がどこにいたかなんて覚えちゃいない」
「え僕も容疑者ですか?」
「山鳩さんに関しては犯行時刻直前に書斎にいましたしねーーこれを受け取るために」

鵲は懐から懸巣の手帳を取り出し、一同に見せた。

「それは何だ?」
「コンサートの最中、懸巣さんから引き継ぎを受けるために書斎に向かった山鳩さんが発見した、彼の手帳です。ここにアルファベットで“pb”とあります」
「まさかーー懸巣が残したダイイング・メッセージか!?」

大鷲がガタリと音をたてて椅子から立ち上がる。部屋に広がるどよめき。

「pb...…イニシャルとかではなさそうだな。そうすると何かの略語か?」
「bは小文字ですがPは大文字に見えますね。つまり“Pb”」
「元素記号じゃないですか? Pbはたしか“鉛”です」

山鳩の言葉に、おお、とどよめきが大きくなる。山瀬は不機嫌そうな顔になり、咳払いをする。

「ダイイング・メッセージだなんて...…これは現実に起きたことで、推理小説じゃない。ただの落書きに決まってる。とにかくそれは証拠品だから、預からせてもらう」

手帳を奪い取ろうとした山瀬の手を、鵲はサッと避ける。

「ただの落書きなんですよね? 元あった場所に戻してきますんで」

そう言うとスタスタとホールを後にした。



探偵がいなくなった部屋で、憶測が漣のように広がる。大鷲夫妻の周りが憶測、もとい推理の中心部だ。

「元素記号......鉛か」
「鉛......だったらなんなの? 鉛の棒で殴られたとかならともかく」
「殴る以外にも、鉛中毒も考えられるな」
「鉛中毒?」
「鉛には毒性がある。昔はそれで死亡事例もあったようだが...…鉛製品がほとんど出回っていないこともあって、現代日本ではほぼないに等しい」

大鷲がそう言うと、白原が頷く。
「よくご存知ですね。僕も長いこと内科医やってますけど、慢性の中毒はともかく、急性の中毒で死亡事例というと聞いたことありませんわ」
「誰かに毒を飲まされた、毒殺としてもお粗末だ。遺体を調べたらすぐに検出できてしまう。それに、ダイイング・メッセージで、飲まされた毒の種類を書くかねというのもある」
「それならやっぱり、犯人に繋がる何かやなあ...…」

大鷲はぼんやり立っている山鳩に水を向けた。
「ほかは......何か意見出せ、山鳩」
「ええ......こんな時懸巣さんがいたらなあ...…あ、鉛、なまりってことで、訛ってる人とか」
山鳩が白原を見る。
「誰が訛っとるんや!!」


白原の怒鳴り声がホールに響いたその時、ドアを開けて鵲が入ってきた。後ろには、制服警官が数名と、なぜか手にタオルを巻いている椋本がいる。

「みなさま、ようやく警察が来てくれましたよ」
「ようやくは余計ですよ、探偵さん。それに我々は、十数分前にはすでに到着していました」


制服警官たちの中からひょっこり顔を出した若い女性が口を挟んだ。スーツの上からN県警のロゴ入りの水色のジャンパーを来た彼女は、翡翠署からやってきた刑事だ。明るい茶色の髪に真っ赤な口紅をつけた彼女は、あまり刑事らしくない見た目だった。

「みなさま、捜査にご協力をお願いします。第一発見者の駒鳥さんと、死亡を確認した白原さんは、このままホールに残ってください」

怪訝そうな一同の様子を気にも止めず、彼女はその場の人々にたちに矢継ぎ早に指示を出した。

関係者以外の招待客は食堂で指紋採取と連絡先の記入をした後は帰ってよし。山鳩は関係者なので聴取が必要だが、ほかの使用人たちは仕事に戻ってよし。

招待客たちは安堵のため息を漏らし、ゾロゾロとホールへ向かう。雑誌の記者などは、警察がやってきた大鷲邸の様子を写真に収めようとして制服警官につまみ出されていた。

関係者以外がいなくなったホールで、若い刑事はつかつかと山瀬に歩み寄った。

「翡翠署刑事課の赤星です。生活安全課の山瀬警部ですね。署の方に戻りましたらお話を聞かせてください。そのあとは監察です。理由はお分かりになりますよね?」

椋本巡査長が自供しましたので、という彼女の口調は酷く事務的だった。山瀬は無言で頷くと俯いてしまった。

状況を飲み込めていないのは、鵲以外の関係者たちだった。山瀬と鵲を困惑の眼差しで見ている。大鷲が口火を切った。

「鵲くん、それに赤星さんとやら。一体全体、どういうことなんだね。山瀬も事件に関わっているというのかね?」

「それについてはーー」
「山瀬さんと椋本さんは、大鷲先生の知人である立場を利用して屋敷の金品をくすねて売りに出していたんです。だがそれに気づかれてしまい、椋本刑事が懸巣さんを殺害した」

「や、山瀬が......!?」

狼狽える大鷲。赤星は鵲をキッと睨みつけた。

「探偵さん、口を挟まないでいただきたいですね」
「失礼。警察の不祥事ですから、あまり人がいる前でいうことじゃありませんね」

邪魔になるようなら僕は庭にいます、と言って出て行こうとする鵲を、白原が引き止める。

「ちょい待ってや、鵲さん。もうちょっと順を追って.....わかるように説明してくれへん?」
「そうだ。謎を解かずに去ってしまう名探偵なんてこの世にはおらん。きちんと説明したまえ」

鵲は足を止め、身体をくるりと大鷲の方に向ける。

「僕は推理小説に出てくるような名探偵じゃありません。色々な依頼を受けて糊口をしのいでいる探偵という名の零細個人事業主です。  庭にいるルリビタキでも眺めさせてください」

面倒くさそうな鵲に、老作家はよろよろと椅子から立ち上がり、頭を下げた。

「頼む。私には、懸巣がなぜあんな目にあったのか、知る義務がある。それにあのダイイングメッセージは一体、何だったんだ。真相を聞かなければ、彼の死を受け入れられそうにない」

鵲はちらりと赤星を見た。彼女はため息をつくと、「10分。それ以上長くなるのはやめてくださいね」と言うと、椋本を連れてホールを出て行った。



🦅 🦅 🦅


「さてーー時間もないようですので手短に話しましょう」

一同ーー大鷲、大鷲の妻、駒鳥、白原、それに山瀬を前に、鵲が口を開いた。

「僕がまず事件現場を見て思ったのは、自殺ではない、ということです。溺死を狙うにしても、あの浅いプールで溺れるのは無理があるし、転落死にはプールが邪魔です」

「病気か何かで気を失い、2階から落ちたにしては、不自然な点が多々ありました。第1に、その時間懸巣氏は書斎の1階で引き継ぎをする予定だった。大鷲先生の書斎には許可なく入らないと言っていた彼が、2階から落ちるのは不自然です。第2に、彼の後頭部にできていたこぶ、そして第3に、手帳に残された謎の落書きです」

ここまではみなさんご存じでしょう、と鵲は一度言葉を切った。

「この3つの状況から、ある仮説が導き出せます。1階で仕事をしていた懸巣氏は、例えば何かから逃げるため、といった緊急性のある理由で2階に上がった。そして、逃げきれずに何かで殴られるかどこかにぶつかるかして意識を失った」

“pb”は、その何かから逃げる際に走り書きしたものだったのではないか、と鵲は続けた。

「なるほどな...…で、あの文字の意味は何なんだ?」


鵲は、懐から招待状に入っていた写真を掲げて見せた。

「謎を解く鍵は、オオワシの剥製です」
「剥製?」
一同は、怪訝な顔で鵲の顔を見た。

「階段脇に飾られたオオワシの剥製ですよ。あのワシはこの屋敷の持ち主が拾ってきたもので、外傷もなく餓死でもなさそうな、不自然な死体だそうです。そのワシの死因について、懸巣さんは心当たりがあると言っていた」

探偵は後ろ手に持っていた一冊の雑誌を見せた。自然科学系のその雑誌の表紙には「人間の活動が野生動物に与える影響」という文字がある。

「懸巣さんのデスクにありました。この中で、北海道における猛禽類の鉛中毒の事例が紹介されていました」
「猛禽類の鉛中毒?」

「ええ。猟銃で仕留めた獲物がそのまま放置されていたものを猛禽類が食べ、猟銃の銃弾に含まれる鉛が原因で中毒になることがあるそうです」

「鉛を摂取した猛禽には神経症状が現れ、最悪の場合死に至ります。懸巣氏は、剥製にされたワシの死因はこれだと考えていたのではないでしょうか」

鉛弾によるそうした被害が広く知られるようになったのはここ20年ほどのことだ。剥製が作られた当時は原因不明の死と考えられても、おかしくはない。


「なるほどな……猟銃の弾による中毒か……」
大鷲氏は感心したように何度も頷いていた。

「実際のところ、あの剥製の謎を熱心に調べていたのは私というよりは懸巣の方でね。その推理は真相に迫っていたのかね」
「今のところ状況証拠だけですので、何とも。剥製を調べて、羽毛や嘴に鉛の成分が残っていたりすれば、証拠になるかもしれませんが」


「それとダイイング・メッセージは、一体どういう関係があるというの?」
那津が口を挟む。鵲はそれには直接答えず、大鷲氏の方を見る。

「先生がもし、ダイイング・メッセージを残すとしたらどう書きますか?」
「何だね急に……」

「質問を少し変えます。犯人に見られるかもしれない中で、わかる人にはわかる、それがダイイングメッセージですよね。誰に宛てて、メッセージを残しますか?」

「それは……警察宛てだろうな。ダイイング・メッセージを残しても、犯人を捕まえて貰えなければ意味はない」
「では犯人がその、警察だとしたら?」

ふむ、と言うと大鷲は顎に手を当てた。

「……私ならば那津に宛てて残すだろうな。警察以外の信頼できる誰かで、自分と相手しか知らない情報がある人間が最適だろう」

「そうですね。僕は懸巣さんが残した文字を見てすぐ、鉛中毒のことを思いつきましたーー彼と最後に話した話題がオオワシの死因の謎で、しかも猛禽の鉛中毒被害の話は耳にしていましたので」

「彼が、真に残したかったメッセージは“鉛の銃弾”だったのです。それも、パーティの招待客の中にいる警察官ではなくーー初対面の僕に」

警察ではなくて探偵に残したメッセージ。「銃」を暗示するメッセージ。それは、犯人が警察官だ、ということを指し示している。

「事件直後に山瀬さんと書斎で会ったあの時、僕と山鳩さん以外は全員ホールに集めていたはずなのに、椋本さんを現場に張り付かせたのに違和感を覚えました。あれは“うまいことやって証拠を隠しておけよ”ということだったんですね」

だから鵲は、証拠品の手帳を現場に戻すふりをして罠を仕掛け、実はすでに到着していた翡翠署の警察官とともに椋本を取り押さえた。翡翠署の保管庫から無断で持ち出された、拳銃とともに。

椋本が自白した内容はこうだ。懸巣を銃で脅して螺旋階段を登らせ、2階に上がったあと彼を殴って失神させた。手帳に何やら書き込んでいたのが気になったが、やってきた山鳩が持ち去ってしまい、回収できなかった。山鳩が去った後、気を失っている懸巣を窓から落とした、と。


鵲は言葉を切って山瀬の方を見た。

「なんてひどい...…」
ずっと黙っていた駒鳥がか細い声でそう言うと、充血した目で山瀬を睨んだ。

一同の注目を再び浴びた山瀬は大きなため息をつくと、ドカッと肘掛けつきの椅子に座った。

山鳩が鵲に小声で尋ねる。
「山瀬さんって刑事さんかと思ってたんですが、違うんですか」

「昔は刑事だったよ。今の所属は生活安全課にはなっているが、実態としては左遷(とば)された。雑用ばかりさせられてて事件現場はほとんど行けていない」

投げやりに答えたのは山瀬だった。

「左遷の理由は、証拠品の横領の疑いをかけられたからだと、赤星さんに聞きました……かなり借金があるらしいですね」
「同期のよしみだ何だと無料で協力してやったんだから、ちょっとぐらい何かをもらってもいいだろと思ったんだがな」
「山瀬さんの監修は無料やったんか...…」

大鷲は首を振ると、半ば呆れたような顔で山瀬を見る。
「監修も何も、用もないのに部下を連れてうちに遊びに来るから、仕事はどうだと聞いた時に、自分からべらべら事件の情報を喋っていただけだ。情報をくれなんて言ってない。こいつは昔から虚言癖があるんだ……懸巣は、お前が盗んでいたと、気づいてたのか」
「書斎の時計を失敬した時に、見られたみたいだ。今日、駒鳥ひかりのコンサートの後に、2人で話したいと言われていた」

山瀬は大鷲氏に「タバコ、いいかい」と言うと電子タバコを懐から取り出し、ため息とともに煙を吐き出す。

「パーティに向かう道中、椋本にそのことを話した。……懸巣さんは、大鷲の秘書には勿体無いくらい切れ者だ。俺なんかより刑事に向いているよ。だからもう終わりだと思っていたが、椋本は大人しくお縄になる気はなかった...…だから、書斎の窓から落ちたと知って、すぐピンと来た。あいつがやったんだって」

「コンサートのどさくさに紛れて、銃で殴って窓から落とすとはなあ...…乱暴だし、しかもダイイング・メッセージを残されるとはね。詰めが甘すぎだ」


「最低の警察官ね」
那津が軽蔑の込められた声ででそう言うと、山瀬は黙りこくった。大鷲と白原、駒鳥、山鳩までも彼を生ゴミを見るような目で彼を見ていた。


ホールを包む重い沈黙は、ドアが開くガチャリ、という音で破られた。

「もう10分経ったけどよろしい? まずは第一発見者の駒鳥さんからお話を伺います」

ドアの隙間から顔を出した赤星は、重い空気をものともせず言い放った。なるほど彼女は有能な刑事然とした見た目ではないが、職務に忠実という面では信頼に足る。彼女を無言でまじまじと見つめる一同に、赤星は「何ですか?」と怪訝な顔をする。

「さあ、駒鳥さんはこちらへ……探偵さんは、これ以上余計なことをされても困るので、下の食堂で待機していてください。取り調べは署に戻ってから行いますので」

赤星の語気に鵲は亀のように首を縮めた。
「犯人でもないのに、えらい言われようやで探偵さん」
「ああは言いつつも、現場にはサイレンを消して来てくれってお願いしたらちゃんときてくれました」

赤星はフンと鼻を鳴らす。
「“警察が来てないと犯人に思わせたいのでサイレンを切って欲しい”と言われて来てみたら、“これから犯人が証拠隠滅をするので捕まえてください“なんて無茶苦茶ですよ。ちょっとは反省してくださいね!」

赤星に怒られ、鵲はしょげたふりをしてホールを後にした。

「鵲くん」

ホールを出て階段へと向かう途中、鵲は屋敷の主人に声をかけられて足を止める。ちょうどオオワシのガラスケースがある前あたりだ。

「大鷲先生、どうされたんです?」
「君にはずいぶん世話になった...…あいつもきっと、浮かばれたと思うよ」
「僕は何もしてませんよ。犯人を捕まえたのは警察ですし。オオワシの謎だって、今の段階では推理にすぎません」

「はは、謙虚なんだな君は」
「探偵は仕事であって趣味ではありません。僕の趣味はバードウォッチングです。同好の士が見つかったと思っていたのに、残念でした」

大鷲は頷くと、ガラスケースを葉巻で指し示した。

「懸巣のためにも、このワシの死の謎を解明して、何かしら作品に残してやりたいと思う。だからその時はーー今度は鳥の監修として、私に協力してくれんか?」

「...…ちゃんと監修料を払っていただけるなら、いつでもお引き受けしますよ」

鵲はそう答えると一礼して、階段を下りて行った。


ーー
参考サト:http://www.irbj.net/activity/cause04.html

鵲はルリビタキを無事に見れたのかが気になる。そろそろ渡ってくる時期ですね(とらつぐみ・鵺)