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その辺にありそうなフィクション2「十七歳の部活」

*1/7

試合終了の笛が鳴り響いた。

部活動には必ず終わりがくる。だからこの日が来ることなんてわかっていたし、それが今日になるだろうということも何となくわかっていた。
我が校史上で最も強いと言われた今年のチームでも、それはあくまで県内中間レベルに位置する我が校史上の話。相手はスカウトの声がかかってる選手もいるような全国大会常連高で、結局は確かな地力の差を覆すことはできなかった。

「明日から先輩いなくなっちゃうんだね」
隣にいる恵は応援席の中で一番泣いている。
「そうだね」
私はそう呟きながらそれほど深い関わりもなかったコート上の先輩たちを淡々と見つめた。
「恵は先輩っ子だもんね、悲しいね」
恵があまりに泣いているので共感する方向で何となく言葉を積み重ねてみた。けれど相変わらず彼女は泣き止まないので会話はそこで途切れた。

お互いのチーム同士の挨拶を終え、メンバーたちは私たちのいる応援席側に挨拶をしに来た。
挨拶に対して応援席にいる親やOG、メンバー外の部員たちは目一杯の拍手と労いの言葉を返す。
私はそれらの労いに溶け込むようにと意識しながら淡白な拍手を繰り返した。


*2/7

「次は私たちの代だね。頑張らなきゃね」
帰りの電車の中、恵は案内表示を見ながらそう呟く。それから彼女の最寄駅に着くまでの残り数分間、他愛もない会話で間を繋いだ。
電車が恵の最寄駅に着くと彼女は「じゃっ、おつかれ」と一言添え置き、そそくさと下車して行った。私は何となくその後ろ姿が見えなくなるまで目で追い続けた。

恵とは性格は正反対だけれど部内での境遇が似てると思うことがよくある。きっと自分たちが最高学年になるチームではメンバー入りすることはできるけれど主力にはなれない実力。必要不可欠ではないけれど何かの役には立つかもしれない立ち位置。
そんな恵といるとどこか居心地もよく、最寄駅が隣なことも相まり入部してすぐの頃から自然と仲良くなった。

恵が下車してから数分、次いで私の最寄り駅へと電車が着く。今日は土曜日なので帰宅ラッシュなどはなく、悠々と改札を抜けることができた。
それからいつも通り東口へと向かい、階段を降りると駅のロータリーに自転車を抱えながら私を待つ優斗の姿が見えた。


*3/7

「お疲れ。試合どうだった?」
「負けたよ。だから三年生は今日で引退することになった」
「へー、良かったじゃん」
「なに、良かったじゃんって?」
「だって澪、先輩のこと別に好きじゃないじゃん?気使わなくなるし良いことかなって」
「まぁ好きじゃないけど、べつに嫌いじゃないしね。今は実感ないし特に何も思わないかな」
私の淡白な回答に対し、優斗は「そっか」と呟いた。それから抱えた自転車を押し歩き出したので、私も横について歩き始める。
——自転車押していると手繋げないな。
なぜか今日はそんなことが頭に浮かんだ。けれど口に出そうと思っても言葉は頭にこびりつき、喉元にすら辿り着きそうにはなかった。
——きっとこういうことを素直に言える方が人生楽しいだろうな。
なんだかそう思うと恵の顔が自然と浮かんできた。

優斗の最寄駅と私の最寄駅は路線の噛み合わせが悪く、電車のアクセスは少し面倒。けれど住所的には隣の市であるため、付き合って半年たった今もこうして駅まで迎えに来てくれることがよくある。彼だって部活もしてて忙しいのに。きっと色々やりくりしてくれているんだろうなと思うと途端にこの時間が愛おしくなった。けれどそれと同時にこの関係は部活と一緒でいつか終わるんだろうとも思い、切なくもなってしまった。
そんな具合にあれこれ考えているとふと気づく。
——あれ?なんか私、今日やけに感傷的だな。
ふと我に返ると脳内でのいろいろな思考が途端に気恥ずかしくなった。
——まぁとりあえず今日が優斗との終わりの日ではなさそうだし別にいっか。
と心の中で呟くと気分がふわっと軽くなる感じがした。

「毎回ありがとうね」
手を繋ぎたいとは言えなくても、いつもより少しだけ素直なことを優斗に言ってみた。


*4/7

先輩たちがいない初めての練習が終わり、各々がクールダウンを始める。
今日もこれまでと同じ練習メニューをおこなったけれど、どことなく満足感のない雰囲気が漂っていた。とりわけ明菜はあからさまにイライラしているのがわかる。彼女は先輩がいた前チームでもエースとして活躍していたので、きっと同級生の私たちだけじゃ物足りないと感じているのだろうと思う。
私はそれについて〝そりゃそうだろうな〟という気持ちと〝別に知らないし〟という気持ちと〝なんかムカつくわ〟という気持ちが入り混じった。

ムカついているのは何に対してだろう。昨日応援席で拍手を送っていた時と似た感情。たぶん実力不足であることを悔しいと思っている。いや、たぶんじゃなくて本当は自覚している。けれどこの感情と向き合うことは自分の実力がないことを認めることと同じで、不要なプライドがその感情に蓋をしてしまう。たかが部活。私はプロになんてなれないことをとっくに自覚している。部活を続ける理由は何?思い出作り?将来何かの役に立つ?いや、もうこういうのはやめよう。悔しい事をちゃんと認めよう。ちゃんと向き合って、ちゃんとやりきって、それでその結果をちゃんと見よう。

ストレッチをしながらぐるぐると自問自答を繰り返した結果、どうしてか今この瞬間そう思うに至った。その理由は先輩が引退したからか、最高学年の自覚が芽生えたからか、この場の雰囲気が不甲斐ないからか、明菜にムカついたからか。明確にこれというのではなく全部が理由の一部だと思うけれど、いずれにしてもこう思えることが私にとって良いことであると今は感じる。
「恵、これから頑張っていこう」
私は隣でストレッチをしてる恵に呟いた。
「うん、私たち次第だと思うよこのチームは」
そう言う恵は私よりも強い決意をしているように感じ、なんだかいつもより凛々しく見えた。


*5/7

〝凍てつくような冬の寒さも過ぎ去り、具体性のない期待と不安が入り混じる季節がやってきた〟

みたいなコピーを今朝ネットで目にしたけれど私はあまり共感できなかった。期待と不安なんて常に変わらず持ち合わせているものだから。
いずれにしても日常は刻々と気付かない程度に変化を重ね、気づけば先輩と呼ぶべき在校生が校内のどこを見渡してもいない季節がやってきた。
部活に関してはすっかり私たちが最高学年だという状況が日常となり、後輩たちの台頭にも後押しされ、チーム力は確実に底上げされたと感じる。ただ、当の私の立ち位置は前とさほど変わらないままだった。
けれど悔しい事を認めてからは前よりも心はいくらか晴れやかな状態で部活に参加できるようになっていた。
あと数ヶ月で私の部活人生は終わってしまうのだからちゃんと悔しい気持ちと向き合いたい。後悔はできる限り残さないようにしたい。と今は思う。
そのようなことを改めて考えながら練習後のクールダウンをしていると隣にいた恵が唐突に私に尋ねてきた。
「そういえばさ、なんで優斗くんと別れたの?」
すっかり私の頭から消えたその話題をわざわざ恵は掘り起こしてきた。


*6/7

「優斗くん、先月くらいに部活もやめちゃったらしいよ」
「えっ?なんで?」
「なんか先生と揉めたらしいよ」
何の手続きもなく口約束だけで付き合い始め、ある程度の期間を経たらあっさり別れを迎える。高校生の色恋なんて基本的にはそんなもので、誰よりも先に聞いていた彼の話は誰かから時差付きで聞くものに変わった。
「そうなんだ」
私は特に何も思いません、という雰囲気が言葉に具備されるようにと意識しながらそう反応してみた。
私と優斗はどちらから別れを切り出したとかそんな感じではなく、お互いなんとなく熱が冷めていって別れただけなので別に未練とかはない。ただ、彼の話題に思考の焦点が合うことが嫌だと思う自分は確かにいた。
——本当に未練はないはずだし、普段思い出したりもしないのに。

「で、なんで別れたの?」
恵は変わらず話を続ける。人の色恋話、ましてや別れた話なんて聞いて何が楽しいのだろうかと思ったけれど、別に隠すこともないのでありのままを話してあげた。

「でも部活やめたのは少しショックだな」
経緯を一通り話した後、私がそう呟くと
「澪はそう言うと思った」
と恵も同じようなテンションで呟いた。


*7/7

努力を自覚した時点でそこがその人の限界なのかもしれない。
当たり前にひたすら自己研鑽を積み重ねていく人か、努力もそこそこに才能だけでやってる人か。
本当のところはわからないしどうでもいいけれど、私の目にはコート上にいる彼女達がそのどちらかに映る時がある。

試合の前日ミーティングで監督から
「澪だったり、試合の流れ次第であるからね。ちゃんと準備頼むよ」
なんてことを言われたけれど、結局は試合終了の笛はコートの外で聞くことになった。
傍から見たら去年との違いはユニフォームを着てベンチに座っていることくらい。やっぱり簡単にうまくはいかないし、立ち位置は変わらなかった。けれどしっかり悔しさと向き合おうと思った結果が今。あのまま気持ちに蓋をして過ごしていたらベンチにもいなかったかもしれないし、部活を辞めていたかもしれない。
それはそれで別の良い未来があったかもしれないけれど、ちゃんと最後の日まで部活を続けられて良かったなと今は思えている。きっとかけがえない経験になるはず。そんなことを思うと少しだけ目頭が熱くなるのを感じた。

帰りの電車。最寄駅に着く。階段を降り、一人で駐輪場に向かっているとスマホの通知音が鳴った。
〝澪、久しぶり。誕生日おめでとう〟
優斗からの連絡を見て私の十七歳も今日で終わりを迎えていたことを実感した。

ー完ー

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