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その辺にありそうなフィクション番外「十七歳」

*1/3

試合終了の笛が鳴り響いた。

部活動には必ず終わりがくる。だからこの日が来ることなんてわかっていたし、それが今日になるだろうということも何となくわかっていた。

我が校史上で最も強いと言われた今年のチームでも、それはあくまで県内中間レベルに位置する我が校史上の話。相手はスカウトの声がかかってる選手もいるような全国大会常連高で、結局は確かな地力の差を覆すことはできなかった。

「明日から先輩いなくなっちゃうんだね」
私の隣で誰よりも泣いている恵が言った。
「そうだね」
私はそう応えつつ、それほど深い関わりもなかったコート上の先輩たちを応援エリアから淡々と見つめた。
「恵は先輩っ子だもんね。これで先輩たちは引退だなんて悲しいね」
恵があまりに泣き続けるので今度はもっと恵の気持ちに共感する方向で言葉を積み重ねてみた。けれど相変わらず恵は泣き止まないので会話は結局そこで途切れてしまった。

試合を終えたメンバーたちは相手高校との挨拶を終え、次いで私たちのいる応援エリアに挨拶をしに来た。
挨拶に対して応援席にいる親やOG、メンバー外の部員たちは目一杯の拍手と労いの言葉を返している。
私はそれら労いの拍手に溶け込むようにと意識しながら拍手を繰り返し続けた。

目の前で行われた試合を自分事として思うこともできず、それよりも自分の現状をただただ不甲斐なく思うだけの私は試合を終えたメンバーたちを労う器量を持ち合わせていなかった。


*2/3

「次は私たちの代だね。頑張らなきゃね」
帰りの電車の中、恵は案内表示を見ながらそう呟く。それから彼女の最寄駅に着くまでの残り数分間、他愛もない会話で間を繋いだ。
電車が恵の最寄駅に着くと彼女は「じゃっ、おつかれ」と簡単な別れの言葉を添え置き、そそくさと下車して行った。私は何となくその後ろ姿が見えなくなるまで恵の背中を目で追い続けた。

恵とは性格は正反対だけれど部内での境遇が似てると思うことがよくある。
きっと自分たちが最高学年になる次のチームではメンバー入りすることはできると思う。けれど主力にまではなれない実力。必要不可欠ではないけれど何かしらの役には立つかもしれないくらいの立ち位置。
そんな恵といるとどこか居心地もよく、最寄駅が隣なことも相まって、入部してすぐの頃から自然と仲良くなった。

恵が下車してから数分、次いで私の最寄り駅へと電車が着く。
今日は土曜日なので帰宅ラッシュなどはなく、悠々と改札を抜けることができた。
それからいつも通り東口へと向かい、階段を降りると駅前のロータリーで自転車を抱えながら私を待つ優斗の姿が見えた。


*3/3

「お疲れ。試合どうだった?」
「負けたよ。だから三年生は今日で引退することになった」
「そうなんだ。まぁ良かったんじゃない?」
「なに、良かったって?」
「いや、だって澪、先輩のことあまり好きじゃなさそうだし。気使わなくなるから良いことかなって」
「まぁ好きじゃないけど、べつに嫌いじゃないしね。今は実感ないし何かよくわかんない」
私が少しぶっきらぼうに言葉を返すと、優斗はただ「そっか」と一言だけ呟いた。それから抱えた自転車を押し歩き出したので、私も横について一緒に歩き始めた。

——自転車押してると両手塞がっちゃってるじゃん。これじゃ手も繋げない。
なぜか今日はそんなことが頭に浮かんだ。けれど口に出そうと思っても言葉は頭にこびりつき、喉元にすら辿り着きそうにはなかった。
——きっとこういうことを素直に言える方が人生楽しいだろうな。
なんだかそう思うと恵の顔が自然と頭に浮かんできた。

優斗の最寄駅と私の最寄駅は路線の噛み合わせが悪く、電車のアクセスは少し面倒。けれど住所的には隣の市であるため、付き合って半年たった今もこうして駅まで迎えに来てくれることがよくある。優斗だって部活もしてて忙しいはずなのに。
きっと色々やりくりしてくれているんだろうなと思うと途端にこの時間が愛おしくなった。けれどそれと同時にこの関係も今日の先輩たちと同じようにいつか終わってしまうんだろうとも思ってしまい、なんだかとても切なくもなってしまった。

そんな具合にあれこれ考えているとふと気づく。
——あれ?なんか私、今日やけに感傷的だな。
ふと我に返ると脳内でのいろいろな思考が途端に気恥ずかしくなった。
——まぁ、とりあえず今日が優斗との終わりの日ではなさそうだし別にいっか。
心の中でそう呟くと気分がほんの少しだけ軽くなった感じがした。

「毎回わざわざ迎えにきてくれてありがとうね」
手を繋ぎたいとは言えなかったけれど、いつもより少しだけ素直なことを優斗に言ってみた。
「ぜんぜん大丈夫だよ。まぁ、今日はゆっくり休んでさ、また部活も頑張ったらいいと思うよ」
優斗はいつも通り優しかった。

ー完ー


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