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「雪すだれ」より

七つ浜に来てからそろそろ三月(みつき)、海の色にも風にも春の兆しがあった。あの後、吉兵衛にもこれといった剣呑な動きはなかった。急場に駆り集めた無頼どもは、新しい餌を求めて放って言ったらしい。
岬の館にも変わった動きはないが、どういうつもりか伊織は館に留まっているらしかった。
春を迎えて漁師の仕事は忙しくなる。城下にもどる踏ん切りがつかずにうろうろしてる玄太に、三吉は弱った顔をしていた。
納屋から定置網を引き出すのを手伝おうとした玄太に、三吉は怒った顔をした。
「浦辺さま」
三吉は、はじめて玄太をそう呼んだ。
「浦辺さま、余計なことはしてもらいたくねえ。漁師の仕事は漁師に任せて、さむらいの仕事をしてもらうべ」
「もっと人を斬れというのか」
「そうではねえ。さむらいの仕事は領民の暮らしを守ることにあるべ。世の中にましな仕組みを作ることだべ」
玄太は横っ面を張られたような気がした。

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