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オーケストラ版に編曲されたピアノ作品の4つの特徴を徹底解剖

今回は、オーケストラ版に編曲されたピアノ作品に共通している4つの特徴について徹底的に解剖します。

今回取り上げる曲

・シューマン《交響的練習曲》
・リスト《ハンガリー狂詩曲》
・ムソルグスキー《展覧会の絵》
・ラヴェル《亡き王女のためのパヴァーヌ》

上記の4曲は、いずれも元々ピアノ作品として書かれ、後にオーケストラ版に編曲されました。

・ドイツの作曲家シューマン作の《交響的練習曲》は、1834年から1837年にかけて作曲され、1863年から翌年にかけてロシアの作曲家チャイコフスキーによってオーケストラ版に編曲されました。

・ハンガリーの作曲家リスト作の《ハンガリー狂詩曲》は、1853年に最初の15曲が出版され、原曲の14番・2番・6番・12番・5番・9番がオーケストラ版の1番から6番として編曲されました。

・ロシアの作曲家ムソルグスキー作の《展覧会の絵》は、1874年にピアノのための組曲として書かれ、1922年にフランスの作曲家ラヴェルによってオーケストラ版に編曲されました。

・ラヴェル作の《亡き王女のためのパヴァーヌ》は、1899年にピアノ作品として作曲され、1910年にラヴェル自身によってオーケストラ版に編曲されました。

特徴1:使っている音域が広い

まず私が聞いていて感じたのは音域が広いということです。ピアノの端から端まで使っていてダイナミックです。モーツァルトやベートーヴェンなどの古典派の作曲家の作品と比較してみるとわかりやすいかもしれません。そもそも彼らの時代のピアノは今のピアノよりも鍵盤数がすくなく、物理的にカバーできる音域が狭かったから仕方ないのですが、今回取り上げている曲よりもダイナミックさには欠ける印象です。オーケストラはピッコロなどの音の高い楽器からコントラバスなどの音の低い楽器まであり、それらの楽器をフル活用するためには、原曲も幅広い音域を使っている必要があります。
余談ですが、こうしたダイナミックなピアノ作品が作られたのは、ピアノという楽器が製造技術の発展とともに進化を遂げたからです。ピアノは無数の金属弦を非常に強い力で引っ張ることで音程を作っているため、弦をとめる部分やフレームに何トンという力がかかります。現代のピアノはそうした強い張力に耐えるためにフレームなどに金属を多く使っていますが、モーツァルトの時代はまだ金属を加工する技術が発展しておらず、強い張力をかけると楽器が壊れてしまうため、弦の本数がすくなく、あまり大きな音を出すことができませんでした。今のピアノは、製造技術や金属加工技術の発展によって生み出されました。

特徴2:明暗のはっきりした構成

音楽における明暗とは、単純に雰囲気が明るいか暗いかということです。一般的に長調だと明るい、短調だと暗いとされており、例えば、「交響曲第1番ハ長調」となっていれば、「この曲は長調だから明るい雰囲気の曲なんだな」と聴かなくても想像できるわけです。しかし、実際に曲を聴いてみると、全体的には明るいが部分的に暗いということもあり、むしろそういう曲の方が多かったりします。これはなぜでしょうか。一言で答えるなら、ずっと明るい・暗いだけだと「面白くない」からです。一曲通してずっと明るいばかりだと案外飽きてくるものです。その逆も然り。そのため、殆どの曲は全体的には明るい曲でも部分的に暗い部分を入れ込んで、飽きさせないようにさせています。感覚的には、ずっと塩味のポテトチップスを食べていると飽きてきて甘いものが欲しくなるのと一緒です。音楽も飽きずに長く楽しむためには、色々な「味」があった方が良いのです。そして、「味の多さ」や「味の良さ」が、音楽における「表現力」と言われているわけです。つまり、明暗がはっきりしている作品というのは、いろいろな味を楽しめる作品であり、表現力の豊かな作品であるといえるでしょう。オーケストラ最大の魅力は、ほぼ無限大の表現力にあるため、表現力が豊かな作品はオーケストラで演奏するのにもってこいというわけです。

特徴3:派手な曲調

オーケストラの魅力は表現力にあると書きましたが、その表現力の中には「派手さ」というものもあります。どのような音楽が派手かというと、様々ですが一般的には、テンポが早く、音量が大きい音楽は派手だと言えるでしょう。今回紹介している曲の中でラヴェルの《亡き王女のためのパヴァーヌ》以外は、すべてその要素を含んでいます。その点では、《亡き王女のためのパヴァーヌ》は、異質といえます。通常は、派手な作品がオーケストラ版に編曲されることが多いのに、《亡き王女》はしんみりとした非常に落ち着いた曲です。そうであるにも関わらず、《亡き王女》がオーケストラ版として非常に人気がある理由は、特徴4で解説します。
話を戻しますが、元々オーケストラのために書かれた作品の代表的なものに交響曲が挙げられますが、交響曲といえば作曲家にとって非常に重要な作品になります。ただ作品の時間が長くて作曲に労力がかかるからではありません。オーケストラが持つ無限大の魅力をどれだけ引き出して使いこなせるかという作曲家としての力が試される作品だからです。同じ曲であっても編曲によって全く印象が違ってくるというのは、あるあるですが、どこでその違いが出ているかというのは、やはりオーケストラの魅力をどれだけ引き出せているかではないでしょうか。言い換えると、オーケストラで演奏する意味を感じさせられるかです。さらに噛み砕いて言うと、聴いている人に「この作品は原曲よりもオーケストラ版の方が良い」と言わすことができればオーケストラ版で演奏する意味があるといえるでしょう。ムソルグスキーの《展覧会の絵》は、その典型的な例と言えるでしょう。この曲は、実はラヴェルがオーケストラ版に編曲するまで、あまり知られている作品ではありませんでした。しかし、ラヴェルの天才的な管弦楽法(オーケストラの組み立て方)により編曲されたことで大変な人気作品になり、今では中学校の音楽の授業で扱われるまでになりました。そこまで人気になった原因は、ひとえにラヴェルが《展覧会の絵》が持つ「派手さ」をオーケストラで見事に表現しきったからでしょう。
では、派手ではない《亡き王女のためのパヴァーヌ》は、なぜオーケストラ版に編曲され、且つ人気なのでしょうか。

特徴4:色彩感が豊か

ピアノに限らず、オーケストラで使われるような伝統的な楽器は、基本的にその楽器の音色しか出すことができません。ピアノだったらピアノの音、フルートだったらフルートの音しか出ません。これは当然のことです。しかし、作曲家は、1つの楽器でどれだけ多くの表現ができるか緒戦しているのです。わかりやすいところで言えば、強弱を変えることで、力強い硬い音と優しい柔らかい音の2つの違った音色を出せます。弾き方によってはもっと複雑な表現の使い分けができますが、そういう音色の種類や音色の感じのことを「色彩感」と言ったりします。音色というのは「色」という言葉が入っているように、絵画における「色使い」によく似たところがあります。画家も限られた絵の具から自分が表現したい情景にあった色合いを作るように、作曲家も自分の表現したい情景にあった音色を作ります。そして、一般的に「良い」とか「有名」と形容されている作曲家は、音色の作り方や種類の多さといった「色彩感」に秀でています。ラヴェルは特にそれに優れており、ピアノ版(原曲)の《亡き王女のためのパヴァーヌ》は、特に彼の色彩感が際だている作品と言えます。
ところで、ラヴェルには別名があります。その名も「管弦楽の魔術師」です。一見子供っぽいネーミングですが、ラヴェルを一言で表すならこれしかないのです。なぜなら、ラヴェル作品の最大の魅力は、あまりに華麗な管弦楽法にあるからです。ラヴェルよりもオーケストラのことを知っていて、オーケストラの魅力を引き出せる人はいないと言ってもいいほどです。《亡き王女のためのパヴァーヌ》は、そういったラヴェルの力量が濃く現れている作品です。普通ならオーケストラの音量の迫力で派手に表現しますが、ラヴェルは、反対に静かに表現しています。しかし、それでもオーケストラの魅力を存分に引き出せているのは、楽器と楽器の組み合わせが天才的に上手いからです。多分、ラヴェルの頭の中には音のパレットのようなものがあって、「この楽器とこの楽器を組み合わせてこう使ったらこうなる」というのが完全に頭でシュミレーションできたのでしょう。だから、画家が限られた絵の具で繊細な色彩を作り出すよに、限られた楽器から様々な色彩を持った音を作ることができ、その色彩感の美しさで作品を成立させることができたのでしょう。

今回は、オーケストラ版に編曲されたピアノ作品を紹介し、その特徴について解説しました。次回は、「なぜドイツで音楽文化が盛んになったのか」について書きます。


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