【AirPods Maxレビュー】最高を求めるiOSデバイスユーザーはこのヘッドフォンを選択すべきである。しかし、その価値を本当に必要とする人は少ない。
結論1:iOSデバイスのポータブル音声再生機器として最上位の音が欲しいなら、AirPods Max以外を選択する余地はない
AirPods Maxは、結局、買いなのか?
その発売の前から、国内外の様々なレビュアーがこの問いをたて、独自の見解を表明しています。その結果として、ソニーやゼンハイザーの4-5万円のモデルの方がベターだ、と結論づけているレビュアーは少なくありません。
しかし、我々iOSユーザーは、そもそもiOSデバイスを選んで利用している他社製品にはない最大の差別化ポイントとは何だったのかを思い出すべきです。
それは、AppleがOSやアプリなどのソフトウェアだけでなく、それらのポテンシャルを最大化できるハードウェアを一体のものとして設計・製造していることにあると、スティーブ・ジョブズはアラン・ケイの言葉を引用して表しました。
そうであるならば、再生機器であるiOSデバイスとそれを駆動するソフトウェアを作ったApple自らが設計し、生産し、最上位モデルと位置づけたAirPods Maxが最も正しい選択であることは、第三者がその主観で音を聞き比べるまでもなく、自明と言えます。
万が一、今は最上位として相応しい性能となっていなかったとしても、Appleエコシステムを構成するiOS・MacOS、そこで駆動する音楽アプリ、さらに再生対象となる音源自体のアップデートは今後もAirPods Maxが最上位機器であるという前提でチューニングされ続けるものであり、ソニー他メーカーの製品が現時点での音質や使い勝手を保証されるものではない。
このことは、Appleのエコシステムの素晴らしい点でもあり、恐ろしい点でもあり、大前提として忘れてはいけない点だと思います。
結論2:結論1を前提とした場合、AirPods Maxは間違いなく最高の製品だが、ターゲットユーザーがあまりにニッチ
iOSデバイスで使用するワイヤレスヘッドフォン選びであることを前提に、結論として、以下の2つ両方に該当する方は、AirPods Maxを購入されることをおすすめします。
(1)高音質・大音量でいい音楽を浴びることに幸せを感じる方
(2)生活音をコントールしQOL(クオリティオブライフ)を上げたい方
しかし、このうちのいずれかではなく、2つをともに切実に求めている方がどのくらいいるかというと、実はそんなにいないと思うんですよね。「そんな便利なものがあったらいいな」ぐらいなもので。
(1)のみ当てはまる方:
3万円台のワイヤレスヘッドフォンを検討しましょう。ただひたすら音楽を聞きたいだけなら、ノイキャンの機能も不要かもしれませんし、ヘッドフォンではなくHomePod(2018)を2台のステレオペアで揃えて全身で高音質・大音量を浴びるのもおすすめです。
(2)のみ当てはまる方:
すでにお持ちのAirPods Proで十分かもしれませんね。
(2)の生活ノイズのコントロールは、それができればすべての人にとってQOLを上げる可能性があります。
それに対し(1)はよほどの音楽好きのこだわりの世界です。そうでない多くの方にとっては、音楽はいわゆるイージーリスニング、暇つぶしの対象であって、本気で(1)を求めている人は言うほど多くありません。
だから、この2つの両方のニーズを1デバイスで実現できると聞いても、「でも6.2万円なんでしょ?ならいらないやw」となる。どちらか片方でよいなら、その半額もかからずに解決できるわけですし。
AirPods Proがその完璧なノイキャン性能により(2)のQOL向上に焦点を合わせてきたのに対し、このAirPods Maxは、それに加えてさらに(1)の音楽へのこだわり機能を強化することにより、両方の期待に完璧に応えた素晴らしい製品です。そうした欲張りさんのニッチな市場をターゲットにしたことで、価格もその市場サイズの小ささに合わせたものとなりました。
AirPods Proの3万円は許せるけれど、AirPods Maxの6万円は許せないという声の強さは、
高音質・大音量で音楽を浴びるように聞きたいという(1)のニーズは、実はそれほどメジャーなものではなく、あくまでマニアのニーズ
であるということの表れ。普通の人にとって、(1)の要素はAirPodsレベルで十分とすれば、そのためにAirPods Proにプラス3万円を要求するAirPods Maxは売れない(台数は捌けない)、ということになりそうです。
肝心の音の価値と、Apple Digital Masterの真価
iOSデバイスでの利用を前提にその親和性を考えると、同じH1チップ・ノイキャン機能を積んだワイヤレスヘッドフォン Beats Solo Pro と比較することになります。
音はBeats Solo ProよりもAirPods Maxのほうがもちろん総合的には良いです。ただ、目指している方向もかなり違うとは思います。
Beats Solo Proは、低音のアタック感がとにかく気持ちいい。その上で中高音がとにかく素直でクリア。
AirPods Maxは、低音の圧力は持ち合わせつつも、それ以上に中音域の温かみと高音域のきらびやかさを優先した味付け。
そうした音のキャラクター以上に、はっきりと違うのは、AirPods Maxは
音場が広く、音の分離が良い
という点です。
iOS向けにきちんと録音された音源を再生すれば、たんなるステレオのL/Rの振り分けではなく、注目した楽器がどこで鳴っているかがはっきり聞こえてくる(何らかの楽器をやっていた耳を持つ方ならなおさら)。これが一番の違いだと思います。
Max TechがSONY xm4との詳しい比較をしています。そこでも、「2倍ほどの音場の広さがある」と評されています(18:00ごろ)。
ところで、「iOS向けにきちんと録音された音源」とは、どんなものでしょうか。それはずばり、Apple Digital Mastersのマークが付いた音源です。
https://www.apple.com/jp/itunes/docs/apple-digital-masters-jp.pdf
音質がなぜいいのか?その仕組みについては、日本語で読める記事としては以下が最も詳しいです。
プロ中のプロの音楽制作者が、自分が制作したマスター音源とApple Digital MasterでAAC変換したファイル音源の聞き分けがつかないというレベル。趣味で音楽を聴いている我々がケチをつけられるものではありません。
この音源を探すには、iTunes Storeに行き、「Apple Digital Master」のアイコンがついているアルバムを探さなければならないというのがイマイチなところ。Apple Musicアプリでも表示してほしい。
ということで、比較的メジャーなアーティストの曲を集めた試聴用リストを作っておきました。AirPods Max試聴の際にでも使ってみてください。
ご自身が何度も聴いているアーティストの曲からも、この音源で収録されていないか探していただき、ボリュームをできる限り上げて聴いてみていただけると、たんに「音がでかくて迫力がある」のとは違う音場の広がりを体験できると思います。
プラス、音以外の価値
ただ、AirPods Maxより安く、音もクセがなく、同じような音場再生もできるいいワイヤレスヘッドフォンは、いくつもあります。
では、音の価値以外で、高すぎると言われるこのヘッドフォンの値段を肯定する材料はなんなのか?
それが、
iOSデバイスとの組み合わせで、ユーザーに「無意識」をもたらす効果
だと思います。
私の入手初日の感想、第一声はまさにこの部分の価値でした。
ヘッドフォンという物体は、本来なかなかに仰々しいものです。音楽を聞くためにわざわざイヤフォンよりも大きなものを頭に乗せ、耳に覆いかぶさっていること自体が、意識をそこに向けさせざるを得ません。
ところがAirPods Maxは、
・超強力なノイズキャンセルで静謐なひとときが得られ
・クリスタルクリアな外部音取込みで装着したまま開放感を得ることもでき
・AirPods Proの5倍という長時間バッテリー(20時間/5分充電で1.5時間)で、装着したまま充電なしに1日を過ごせ
・ずっと身に付けたままでも蒸れず、締め付けもずり落ちない程度に適度で
・用事があれば耳から外すだけで音楽が止まり、掛け直せばまた再開し
・iPadとiPhone間のデバイスの行き来も自由
これらの特徴により、頭に乗せ耳に覆い被せているにもかかわらず、作業中の意識からほとんど違和感を消しさることができるという、他のヘッドフォンでは得られない価値があります。
HACKS!シリーズの著者、小山龍介さんも、同様の観点からAirPods Maxを「ウェアラブルデバイス」と位置付けてらっしゃいます。実際に購入された方なら、これに共感されるはずです。
H1チップの個数の違い(Beats Solo Proは1、AirPods Maxは2)によるものなのか、iOSデバイス間の切り替えのスピードも、AirPods ProやBeatsよりもAirPods Maxのほうが倍以上早く、快適になっています。
欲張りでニッチなニーズを満たすための代償は高い
ほんとうは、Appleならではの空間オーディオも、おまけ機能とは片付けてはいけない強烈なインパクトのある機能です。
私自身、この機能がBeats Solo Proにも解放されていたら(H1チップなので本当は可能なはずなのですが)、AirPods Maxを見送っていたかも。本製品の価格のうちの1〜2万円分相当の価値は、この機能によってもたらされていると言っても過言ではありません。
映画好きの方は、ぜひ食わず嫌いせずに、ご友人にAirPods Maxをできれば1時間以上借りて、空間オーディオを試してください。「映画をいい音響で観るためだけに買ってもいい」と思えるはずです。
ですが、体験していない人にとっては期待すら生まれていない機能です(期待してないからこそ、体験で度肝を抜かれるともいえますが)。それを押し売りしても仕方ないので、ここでは評価要素から外しておきます。
外したとしても、冒頭に挙げた(1)と(2)の2つをどこにいても実現できるツールが欲しい方にとっては、AirPods Maxが現状も、そして今後も数年後にAppleが後継機を出さないうちは唯一の選択肢であり、価格相応の価値を感じることができるはずです。
1つのデバイスにすべてのいいところどりを求めるのは、欲張りなニーズです。そしてニッチ。ゆえに、支払う対価も高くつくことになります。
サポートをご検討くださるなんて、神様のような方ですね…。